哀しみの音色
 
本当は、一度だけ…
樹が蓮と同じことを言ったことがあった。



(俺、
 莉桜の隣にいるだけで、すげぇ幸せなんだ)



その言葉を言われた瞬間、
樹が蓮とかぶって動揺した。


重ねて見たくなんかないのに
その瞬間だけは二人が重なってしまった。


それでも抱きしめてくれる樹のぬくもりは
やっぱり蓮と違っていて、
いつの間にかあたしは、樹のこの腕に落ち着いている自分に気が付いた。




気が付けば、あたしの中で時間が動き出していた……。


蓮がいなくなって、止まっていた時間。

なくなっていた感情。


それが樹とともに過ごすことによって、一つずつ取り戻すように動いていく。


それと同時に怖くなった。


蓮はあたしを守って、この世からいなくなった。

だからあたしも、これからは蓮のために生きなくちゃいけない。


蓮がいなくなったあの日から、時間を進めていはいけないんだ。


そう思って、ずっと生きてきたのに……



(蓮さんは、自分の命をかえてでも、莉桜を守りたかったんだろ?
 莉桜のこれからの幸せを守りたくて……。
 それなのに、莉桜が自分の幸せから逃げてたら、蓮さんの思いが報われねぇじゃん)



それを言われて、
あたしは初めて、自分の生き方が間違っていたことに気づいた。
 
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