かえるのおじさま
座長の握力から逃れようともがくギャロの耳元で、ネルがぬろりと囁いた。

「そういえば、軽業のゴーリもミャーコが可愛いって言ってたっけ」

「ゴーリだと!」

軽業師のゴーリは熊頭の大男だ。
ぽんぽんと跳ねて身軽さを見せる芸ではなく、女三人を肩に乗せて支える人間ピラミッドを得意としているといえば、そのガタイのよさも知れよう。

そんな体であの小柄な美也子を押し倒したりしたら……

(冗談じゃない!)

守ってやらなくてはいけない。ゴーリだけじゃなく、他の男たちからも。

美也子が男に振られたばかりだというのは、道中に聞いた身の上話で知っている。
振られたばかりの女はチョロイ。
別に馬鹿にしているわけではない。
経験から学んだことだ。

昨日まで耳元で囁かれていた愛が消えた喪失感は大きい。
気の強い女ならなおのこと、表に弱みを見せようとしないぶん傷は深いのだ。

そこに優しい言葉のひとつでも贈ってやれば、失った愛の代用を求めて簡単に体を擦り寄せる。

(だから、守ってやらなくちゃならん)

美也子が男に媚びる姿など見たくない。
あれは気の強いところがいいのだ。
逆風に向かう花のように、揺すられながらも決して折れない、凛とした風情がいい。

その花を誰かに手折られないためになら、どれほどウソを重ねても構わない。

「あれは俺の女だ。手を出すなとゴーリに言っておけ」

「だからさあ、仮祝言でも挙げちまえば、とりあえずあんたの女ってことになるだろ。表向きだけでも、さ」

「う……」

土緑色の顔がぱあっと紅潮した。

「ミャーコがいいって言うんなら……俺は構わない」
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