かえるのおじさま
今日はここまでにしようと、書物に栞を挟んだ美也子は、枕元においた明かりを消した。
夜の馬車はすでにいくつかのいびきを篭らせ、隣に眠る男の大きな背中も、規則正しい寝息を刻んでいる。
夫となったギャロが美也子に望んだのは、舞台組をやめて屋台番に立つことだった。
本当は舞台に立つほうがいくらか実入りがいい。
だからギャロも強いた訳ではないのだが、「金は二人で頑張ればなんとかなると思う」と言いながらも、不安げに震える肩を見せられては……。
結局、惚れた弱みというものなのだろう。
美也子はギャロの寂しげな風情に弱い。
彼の生い立ちを読み始めてからはなおさらだ。
父を亡くしたという境遇は似ている。
女手一つの家庭を哀れんで、美也子に養子縁組の話を持ち込んだ親戚も居たそうだ。
それでも美也子の母は、頑固なほどの愛情で娘を守り、育ててくれた。
だからギャロの心の傷がどれほど深いのか、慮ることしか出来ない。
(ギャロ、私は、ここに居るよ、ずっと……)
眠りに沈む背中に、そっと片手を伸ばす。
掌だけを押し当てれば、寝息が伝わる。
遠い異界に残した母に対する慕情は、確かにある。
それでもこの男の傍に居たいと思うのは、強欲だろうか。
(ううん。お母さんなら解かってくれる)
そう思うのは甘えだと知っている。
だが、母は常から言っていた。
『美也子が幸せなら、母さんも、遠くにいる父さんも幸せなのよ』
どうせ、母の元へは二度と帰れない。
ならばここで、この世界で幸せになることがせめてもの親孝行ではなかろうか。
(それでいいかな、お母さん……)
彼から伝わる呼吸のリズムが、美也子を眠りへと誘った。
まぶたが落ちる。
(……それでいいかな、ギャロ?)
文字もだいぶ覚えた。
ギャロと並んで細工物をこしらえるのも、いくらかは上達したと思いたい。彼との距離は少しずつ縮まっている。
だから、きっと、同じ屋台に立つようになれば、もっと……美也子は静かに眠りに落ちた。
次の興行地、カステアの村は近い。あと二晩も寝れば着くだろう……
夜の馬車はすでにいくつかのいびきを篭らせ、隣に眠る男の大きな背中も、規則正しい寝息を刻んでいる。
夫となったギャロが美也子に望んだのは、舞台組をやめて屋台番に立つことだった。
本当は舞台に立つほうがいくらか実入りがいい。
だからギャロも強いた訳ではないのだが、「金は二人で頑張ればなんとかなると思う」と言いながらも、不安げに震える肩を見せられては……。
結局、惚れた弱みというものなのだろう。
美也子はギャロの寂しげな風情に弱い。
彼の生い立ちを読み始めてからはなおさらだ。
父を亡くしたという境遇は似ている。
女手一つの家庭を哀れんで、美也子に養子縁組の話を持ち込んだ親戚も居たそうだ。
それでも美也子の母は、頑固なほどの愛情で娘を守り、育ててくれた。
だからギャロの心の傷がどれほど深いのか、慮ることしか出来ない。
(ギャロ、私は、ここに居るよ、ずっと……)
眠りに沈む背中に、そっと片手を伸ばす。
掌だけを押し当てれば、寝息が伝わる。
遠い異界に残した母に対する慕情は、確かにある。
それでもこの男の傍に居たいと思うのは、強欲だろうか。
(ううん。お母さんなら解かってくれる)
そう思うのは甘えだと知っている。
だが、母は常から言っていた。
『美也子が幸せなら、母さんも、遠くにいる父さんも幸せなのよ』
どうせ、母の元へは二度と帰れない。
ならばここで、この世界で幸せになることがせめてもの親孝行ではなかろうか。
(それでいいかな、お母さん……)
彼から伝わる呼吸のリズムが、美也子を眠りへと誘った。
まぶたが落ちる。
(……それでいいかな、ギャロ?)
文字もだいぶ覚えた。
ギャロと並んで細工物をこしらえるのも、いくらかは上達したと思いたい。彼との距離は少しずつ縮まっている。
だから、きっと、同じ屋台に立つようになれば、もっと……美也子は静かに眠りに落ちた。
次の興行地、カステアの村は近い。あと二晩も寝れば着くだろう……