あの日まではただの可愛い女《ひと》。
「んんっ……っきぃ。す、きぃ」

 その喘ぎを聞いて、胸の奥に甘い痛みが広がった。自分でも毎度こんなことで幸せになるなんて、バカだなぁっと思わず葵は苦笑した。

 その日は、桜をさんざんして蕩かして、自分の膝の上に乗せて貫いた。
 初めてその体位で彼女を貪ったときに、快楽で葵の名前だけをずっと囀るのを見てから葵はよく、その体勢で桜を貪る。

「ふく…っ」

 ちゅぷという淫靡な水音が、桜と葵の下半身から鳴って、桜がより一層煽られるように腰を無意識に動かし始める。桜のほっそりとした足が葵の腰に絡みついて、葵もぎゅっとさらに桜を抱きしめた。

「…っぅク」

 小さく桜の喉がなる。快楽に追われだした証拠だ。
 囀りが始まる前の兆候で、手ごたえを感じる葵の好きな瞬間だ。

「桜さんもっと、感じて?」
「っんっ…ぁ…っ」

 かそい声に葵自身が煽られる。もっと奥に自分をねじ込みたい、もっと蕩けてドロドロになって俺のことしか考えないでくれ…そう思いながら桜を強請る。

「ふっ…ぁ、あ、おいぃ」

 もっと俺を呼んで、もっと俺を飲み込んで?と言いたくてしょうがないのを我慢して、さらに強く強請る。桜の弾力のある豊かな白い胸がペッタリと葵の胸に縋ってもいるので胸からの快感も彼女を煽る一因なのだろう。腰だけでなく、胸も葵に摺り寄せてくる。

「んぁっ…」

 もっと快楽に追い込みたくて、腰に添えていた片手を、桜との間にねじ込んで蕾を探りあてた。感触で、すごく腫れているのがわかるほどだ。

「ふあっ!」

 触った瞬間に桜が弓のようにしなった。

「気持ち、いい?」
「っぁ、やっ。はっ…。ぁ、やだっ葵ィっ」

 先ほどから快楽で涙に濡れていた桜の瞳がさらに濡れた。

「イヤ?」
「っゃぁああ…。お、かし…な…ゃう」

 首を左右に振り、葵に縋りついてくる桜が無防備すぎて嗜虐心が煽られた。蕾にあてていた手を桜の目の前に持ってきて見せる。

「イヤって言う割にはすごいことなってますけど?」

 そういって葵は指をゆっくり舐めた。

「あっ、だ…だめぇ」
「どうして? 桜さんの、甘いよ?」
「…ィっ」
「もっと味わってもいい?」

 腰を押しまわして、さらに桜を快楽の奥に追いやりながら葵は言った。

「それとも――やめる?」
「――! ゃっ」
「もっといじっていい?」

 泣いてぐずぐずになりながらも、コクコクと首を小さく振る桜が愛おしくて仕方がない。愛おしいのに、いまだ堕ちてこない桜を無茶苦茶にしたくて、したくて、仕方がない。 再び蕾に指を差し込んで刺激を与える。今度はもう少し強めに、だ――。

「――っあぅっ」
「好き?」

 一瞬、桜が息を吸い込んだ気がしたが、次の瞬間に融けて顔がゆがんだ。

「んんっ……っきぃ。す、きぃ」
「―――!」
「好、き…、あ、おぃぃ。んんん」

 ――ああ。もうホント俺やばい。

 バカだなぁっと思ったが、行為の延長のその一言だけで、胸が詰まりそうになる。
 堕ちてくれ。本当に堕ちて…。
 でないと、俺はどうすればいいか、もうわからない…と、葵は桜をさらに貪った。



 この日は、なんとなくうまく断れずに、葵の家にやってきてしまったら、性急に求められた。桜としては、自分の気持ちが一体どこにあるのか、まだ踏みとどめれるところにあるのかとかを、知りたくて応えたのであったが。
 行為の延長線とはいえ、声に出して『好き』と言ってしまったところで、自分の気持ちを自覚してしまった。口に出してしまった時に、自分の葵に向ける感情がどういう種類のものかということがわかってしまって、桜は困惑してしまった。

 ――どうしよう。私、葵のこと……好きだ。

 アキにはきっと気持ちもあるんじゃない?と言われてはいたが、実際的にはわからない。葵はいつも適度な距離で桜に接しているような気がしていた。それに、お互いパーツが好きなんだしってことで始まった関係だ。きっと桜が葵に気持ちを預けたとわかったら、うっとおしがられるかもしれない。
 それに、これ以上好きになったら、きっと自分は醜いことをしてしまう気がする。

 なんとか、葵から距離を置くようにしないと。
 きっと自覚したばっかりだから、まだ間に合う。
 そう桜は葵の腕の中の心地よさを感じながら考えていた。

 ――単に自分らしく生きたいだけなのに。

 ふと、考え込みながら桜は思った。
 昔から…特に会社に入ってから、ずっと考えていたことは自分らしく生きるということだった。
 女だから…。
 まずはその一言に思っていたより傷ついていた。
 隆のおかげで、かなり恵まれていたことは知っているが、まずは仕事が出来る人間の前に、女だからな、の一言が来て、そこから自分の価値を測られることが、つらかった。
 女である自分は確かに、桜の大きな要素ではあるだろうが、その前に『鈴木桜』という人間でいたかった。いつしか、女である自分に対して、なんともいえない悔しい気持ちを抱いていた。

 志岐の件でそれが一挙に表面化した。
 だからやけくそのように『女を使って』志岐を罰したのもあるし、自分の初めてを投げ出すことで、自分の中の女を傷つけたかった。
 あの時の志岐は桜にとって『男』というものの象徴だった。そういうことをやっと分析出来る余裕が出来たことで、桜は自分の醜さと対峙するはめに陥り、だからこそ、葵への気持ちを自覚したくなかったともいえる。

 誰にも迷惑をかけず、出来る限り、干渉されたくない。
 自分をコントロールしたい。
 そんなに難しいことではないと思うのだが、実際的には、全部崩れ去りそうな自分の足元を感じて混乱した。
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