あの日まではただの可愛い女《ひと》。
「おばちゃーん、初詣《はちゅもうで》いこ?」
お雑煮を楽しんで、甥っ子姪っ子にお年玉を上げて、朝っぱらからのビールって幸せすぎると、桜はグラスを傾けていたところに背中にドンという衝撃を受ける。
ううう。可愛いけどやっぱ20kg近いものがぶつかる衝撃ってあるよねとか思ったが、顔に出さずに『うん。いこっか』といって、甥っ子の手をとる。
近所の小さな神社とはいえ、そこそこ人出はある。
甥っ子達がどちらかというと屋台を目当てに『甘いおばちゃん』を誘ったのは明白だ。まぁ桜もビール片手に、焼き鳥やモツ煮も食べているので、利害の一致というのが正しいのかもしれない。
「姉ちゃん、好きな人できた?」
一緒についてきた2歳下の弟が、つらりと聞いてくる。桜には二人弟がいるが、どっちもさっさと結婚して子供がいる。末の弟などは学生結婚だ。彼女をなんとか離したくないって言って連れてきたときは、父も母も向こうの保護者に頭を下げるしかなかった。
そんな弟達なのに、姉の桜はいつまでたっても浮いた話がないので、これはこれで鈴木家の悩み事ではある。
「あー。うん…。相変わらず、かな?」
「うっそだぁ」
いや。何であんた達はなぜ私が嘘ついたときがわかるんですか?と桜は少し思う。友人知人、ひいては葵さえ簡単に見抜く。桜は嘘をつくときに『あー。うん…。』と枕詞をつけてしまうことに気がついていなかった。
「な、何で嘘なのよ」
「いやー。だって痩せたでしょ。あとなんか女の人の匂いがする」
う。匂いって生々しい。そう思ってなんだかじっとりと冷や汗が出てしまう。いかん、このままでは姉の威厳が…。そう思ってビールをくいっと飲む。
「姉ちゃん、酒呑んでもごまかせないよ」
30年も姉弟しているとまったくごまかせないし、正直言ってこの弟は桜より酒は強い。というか酔って記憶を飛ばしたところを見たことがない。
「うっさいなー。いいじゃん。私のことは」
「そうやって強がってるから、いつまでも男できないんじゃん。好きな男にくらい素直になれよ」
「なれるか、ばか!」
プンスカと目線を合わせずに、酒を重ねる桜を見て弟が笑う。期せずして、弟に好きな男がいることを肯定したことに気がついて、桜は赤くなった。
「姉ちゃん、ずっとこっちにいても暇だろ。早めに東京帰ってその男に会いにいきなよ」
「うっさい、うっさい、うっさい」
桜はすねて、そういった。
一時間ほど神社の屋台で飲んだが、桜にしては少し酔いが回って弟に支えられて実家に帰ってきた。
「あら、桜ったらもうーだらしないわね」
母がその様子を見て文句は言うが、布団を出したりとパタパタと世話をし始める。
布団乾燥機で暖められた柔らかい布団の上に寝かされて、桜は眠りへと落ちていく。
――サクラさん、オンラインゲームの終わる日が決まったよ。
そうナナミからメールをもらったのはちょうど一年にわたった大きな仕事にひと段落が着いて、一息ついたときだった。
――あーでも、私アカウント停止だしなぁ。
――大丈夫ですよ。最終日なんで、アカウントオープンされます。
そうナナミからメールが飛んできたので、仕事が落ち着いていたら入ることを約束した。サービス終了日なのにまるで街中は祭りのようであった。
花火が上がり、こんなにプレイヤーがいるのにサービス終了なのか?というような騒ぎようである。アクセスに負荷がかかっていて、街中を歩くのがとても重たく、サクラはまずはギルドの本拠地に行くことにした。
「わー。サクラ!すごい久しぶり~」
そう、ギルドハウスにいるメンバーがニコニコと迎えてくれる。一年も顔を出さず、しかも大半はやめることも告げずに引退したのに、昨日まるで会ったかのように親しく挨拶される。やめた人間も多くやってきており、サクラもしらないメンバーがいっぱいいた。総勢40名ほどの集まりだ。思わず気後れしてしまう。
「長いこと顔出してなくてごめんね」
「ナナミから仕事が忙しくなったって聞いてるよ。今からみんなで戦闘行くんだけどサクラもおいでよ」
「でも――」
自分の装備を見てサクラは躊躇した。1年も装備を変えてないということはそれだけ古くてつかえない装備だ。きっと足手まといになってしまう。
「お祭りだよ。一緒に楽しもうよ」
そう言って、ドクが笑ってサクラの手を引いた。一年前の騒ぎのときに本当に色々お世話になったのに、タイミングが悪くて直にお礼も言えずに、ナナミにお礼代わりに貴重なアイテムをいくつか預けてサクラはDDOを去った。でもドクはそんなことどうでもいいよ、一緒に遊ぼうと手を引いてくれる。少し涙ぐみながら、サクラはうなずいた。
「今日はアオイも来てるんだぜ」
そう言ってメンバーが集まっている広間にドクはサクラを連れて行く。
「アオイー。サクラが来てるぞ~」
広間の奥に黒衣で固めた男が尊大に立っていた。彼も大分プレイをしていなかったのか装備は古い感じがする。ただニコリと笑みを刷いてサクラを見た。
しょっちゅう、彼とはぶつかったが、戦闘の場ではとても息があっていたことを思い出す。サクラの属性は神聖なる光。狂戦士として相反する属性だがうまく使うと非常に殺傷力のある属性である。対して、アオイは闇。戦闘の場であまり近づきすぎるとお互いの力が弱まってしまうのであるが、ある一定の距離をとると、かなりの殺傷力を発揮することが出来る。その分お互いの動きを察知して移動しなければならないのだが、アオイとはその点であまり困ったことに陥ったことがなかった。
そうやって、ギルドメンバーと最後の冒険と戦闘をいくつかこなした。もちろん、1年のブランクはすさまじく、サクラは完全に足手まといではあったが、それはそれでみんな楽しんだ。いくつかの戦闘を楽しんで流石に疲れて王城に、パレードを見に行く。
普段見ることがかなわない王族に扮した開発者達がさまざまなメッセージを発信しながら豪勢なパレードが続いていた。
「なんかいろんな箇所にいけるテレポポイントがあるらしいよ」
そう、ドクが言ったので、みんなしてそのポイントへと向かう。街中にいくつも設置されていて、それぞれが別れて入ってみることにした。ドク、ナナミたちと6人ほどでテレポポイントに一斉に入ることにした。
――シュン…。
軽いSE音とともに目を開けると、なぜかサクラはアオイと二人っきりで見たことのない場所にいた。
「ここどこだろう?」
「王城みたいだな」
「え?」
思わずバルコニーに駆け寄ると花火が盛大に上がっているのが見える。
「こんなところは普通入れないんじゃない?」
「俺たち当り引いたみたいだな」
少しびっくりしてサクラは言ったのを受けてアオイがにやりと笑う。
「ふっ。ドクかわいそうに。アルカラス山脈の奥地の竜が眠る洞窟に飛ばされたらしいぜ」
「ええええー。それはカワイソウ過ぎる!」
DDOの中で最も難攻不落といわれるダンジョンの一つで、その最奥のボスの前に飛ばされたと聞いては同情と笑いが禁じえない。チャットを見るとドクの叫びがたまに流れて、それをみんなが笑っていた。ふと、アオイが笑いをとめて、サクラの目を覗き込んだ。
「サクラはどうしてDDOやめたの?」
「あー仕事忙しくなっちゃって…。挨拶もせずにやめちゃってごめんね?」
「それは仕方がない」
「でもナナちゃんと連絡とってたから、今日のことは教えてもらえたの。アオイは最近もやってたの?」
「俺もアカウントは維持してたけど、仕事で出張に出ることが多くて。なんかやめるときに、少し揉め事に巻き込まれたと、聞いてたから心配してたけど、元気そうでよかった」
いつもしゃべると、俺様で尊大なことを言うので、食いついてけんかになることが多かったアオイの言葉に目を丸くする。
「アオイ、大人になったねぇ」
「どういう意味だよ、ったく」
少しアオイがあきれたように言った後、会話が途切れた。
しばらく黙ってほの暗い王城のバルコニーから二人で花火を眺めていた。なんだか賑やかなのに少し離れた場所から見てるからか寂しいなって気持ちがサクラの中にわく。そんな気配を察したのか、アオイが傍によってきて少しだけ、サクラの頭をポンポンと叩いた。
「ま、でも、自分らしくやってけばいいとおもうぜ」
「え?」
「黙って、引退したのすごい気にしてただろ?」
「…うん。なんか失礼な話だよね~」
「人それぞれ事情があるだろうしさ、今日会えて元気そうな姿見れただけで十分だよ」
「うん。ありがと。本当は優しいんだね、アオイって」
「失礼なヤツだなぁ」
お互い思わず笑いあってしまう。
「で、悩みは解決したのか?」
「うーん。や。まぁ、なんていうか、自分らしくやっていくってなんだろって思ってはいるよ? ずっと」
「難しいこと考えてるなぁ」
「そなのかな。でもすごいここ2年くらい、いろんな人に迷惑かけていきてるからさ…」
そんな様子を少しだけ皮肉な笑みを浮かべてアオイが、サクラにとって、とても大事な言葉をつげた。
「あっ……」
涙がこぼれた気配で桜は目を覚ました。
「あら、桜起きたの? もうすぐ夕飯にするわよ」
呼びにきたのであろう、母が桜に声をかけた。目をこするようにして、涙を拭いて桜は起き上がる。母は桜の涙には気がつかず、『ほんと飲みすぎ』とか『ちょっとは手伝いなさいよ』とか軽くじゃれあいのようなお説教をする。
「お夕飯、口が変わるかなーっておもって、桜が好きなあったかいお寿司にしたよ」
そういってほの温かい手製のチラシ寿司を全員に配って夕飯にする。ぱくりと温かい寿司を口に含んだときに、葵に実家の暖かいチラシ寿司の話とかしたなぁということを思い出して胸がつまった。
――どうしよう。会いたい…。
そう思ったら、父と母に思わず、明日東京帰ってもいいか?ということを思わず口走り、すねた父親をなだめるために、弟と3人がかりでその晩は酒盛りをする羽目に陥った。
お雑煮を楽しんで、甥っ子姪っ子にお年玉を上げて、朝っぱらからのビールって幸せすぎると、桜はグラスを傾けていたところに背中にドンという衝撃を受ける。
ううう。可愛いけどやっぱ20kg近いものがぶつかる衝撃ってあるよねとか思ったが、顔に出さずに『うん。いこっか』といって、甥っ子の手をとる。
近所の小さな神社とはいえ、そこそこ人出はある。
甥っ子達がどちらかというと屋台を目当てに『甘いおばちゃん』を誘ったのは明白だ。まぁ桜もビール片手に、焼き鳥やモツ煮も食べているので、利害の一致というのが正しいのかもしれない。
「姉ちゃん、好きな人できた?」
一緒についてきた2歳下の弟が、つらりと聞いてくる。桜には二人弟がいるが、どっちもさっさと結婚して子供がいる。末の弟などは学生結婚だ。彼女をなんとか離したくないって言って連れてきたときは、父も母も向こうの保護者に頭を下げるしかなかった。
そんな弟達なのに、姉の桜はいつまでたっても浮いた話がないので、これはこれで鈴木家の悩み事ではある。
「あー。うん…。相変わらず、かな?」
「うっそだぁ」
いや。何であんた達はなぜ私が嘘ついたときがわかるんですか?と桜は少し思う。友人知人、ひいては葵さえ簡単に見抜く。桜は嘘をつくときに『あー。うん…。』と枕詞をつけてしまうことに気がついていなかった。
「な、何で嘘なのよ」
「いやー。だって痩せたでしょ。あとなんか女の人の匂いがする」
う。匂いって生々しい。そう思ってなんだかじっとりと冷や汗が出てしまう。いかん、このままでは姉の威厳が…。そう思ってビールをくいっと飲む。
「姉ちゃん、酒呑んでもごまかせないよ」
30年も姉弟しているとまったくごまかせないし、正直言ってこの弟は桜より酒は強い。というか酔って記憶を飛ばしたところを見たことがない。
「うっさいなー。いいじゃん。私のことは」
「そうやって強がってるから、いつまでも男できないんじゃん。好きな男にくらい素直になれよ」
「なれるか、ばか!」
プンスカと目線を合わせずに、酒を重ねる桜を見て弟が笑う。期せずして、弟に好きな男がいることを肯定したことに気がついて、桜は赤くなった。
「姉ちゃん、ずっとこっちにいても暇だろ。早めに東京帰ってその男に会いにいきなよ」
「うっさい、うっさい、うっさい」
桜はすねて、そういった。
一時間ほど神社の屋台で飲んだが、桜にしては少し酔いが回って弟に支えられて実家に帰ってきた。
「あら、桜ったらもうーだらしないわね」
母がその様子を見て文句は言うが、布団を出したりとパタパタと世話をし始める。
布団乾燥機で暖められた柔らかい布団の上に寝かされて、桜は眠りへと落ちていく。
――サクラさん、オンラインゲームの終わる日が決まったよ。
そうナナミからメールをもらったのはちょうど一年にわたった大きな仕事にひと段落が着いて、一息ついたときだった。
――あーでも、私アカウント停止だしなぁ。
――大丈夫ですよ。最終日なんで、アカウントオープンされます。
そうナナミからメールが飛んできたので、仕事が落ち着いていたら入ることを約束した。サービス終了日なのにまるで街中は祭りのようであった。
花火が上がり、こんなにプレイヤーがいるのにサービス終了なのか?というような騒ぎようである。アクセスに負荷がかかっていて、街中を歩くのがとても重たく、サクラはまずはギルドの本拠地に行くことにした。
「わー。サクラ!すごい久しぶり~」
そう、ギルドハウスにいるメンバーがニコニコと迎えてくれる。一年も顔を出さず、しかも大半はやめることも告げずに引退したのに、昨日まるで会ったかのように親しく挨拶される。やめた人間も多くやってきており、サクラもしらないメンバーがいっぱいいた。総勢40名ほどの集まりだ。思わず気後れしてしまう。
「長いこと顔出してなくてごめんね」
「ナナミから仕事が忙しくなったって聞いてるよ。今からみんなで戦闘行くんだけどサクラもおいでよ」
「でも――」
自分の装備を見てサクラは躊躇した。1年も装備を変えてないということはそれだけ古くてつかえない装備だ。きっと足手まといになってしまう。
「お祭りだよ。一緒に楽しもうよ」
そう言って、ドクが笑ってサクラの手を引いた。一年前の騒ぎのときに本当に色々お世話になったのに、タイミングが悪くて直にお礼も言えずに、ナナミにお礼代わりに貴重なアイテムをいくつか預けてサクラはDDOを去った。でもドクはそんなことどうでもいいよ、一緒に遊ぼうと手を引いてくれる。少し涙ぐみながら、サクラはうなずいた。
「今日はアオイも来てるんだぜ」
そう言ってメンバーが集まっている広間にドクはサクラを連れて行く。
「アオイー。サクラが来てるぞ~」
広間の奥に黒衣で固めた男が尊大に立っていた。彼も大分プレイをしていなかったのか装備は古い感じがする。ただニコリと笑みを刷いてサクラを見た。
しょっちゅう、彼とはぶつかったが、戦闘の場ではとても息があっていたことを思い出す。サクラの属性は神聖なる光。狂戦士として相反する属性だがうまく使うと非常に殺傷力のある属性である。対して、アオイは闇。戦闘の場であまり近づきすぎるとお互いの力が弱まってしまうのであるが、ある一定の距離をとると、かなりの殺傷力を発揮することが出来る。その分お互いの動きを察知して移動しなければならないのだが、アオイとはその点であまり困ったことに陥ったことがなかった。
そうやって、ギルドメンバーと最後の冒険と戦闘をいくつかこなした。もちろん、1年のブランクはすさまじく、サクラは完全に足手まといではあったが、それはそれでみんな楽しんだ。いくつかの戦闘を楽しんで流石に疲れて王城に、パレードを見に行く。
普段見ることがかなわない王族に扮した開発者達がさまざまなメッセージを発信しながら豪勢なパレードが続いていた。
「なんかいろんな箇所にいけるテレポポイントがあるらしいよ」
そう、ドクが言ったので、みんなしてそのポイントへと向かう。街中にいくつも設置されていて、それぞれが別れて入ってみることにした。ドク、ナナミたちと6人ほどでテレポポイントに一斉に入ることにした。
――シュン…。
軽いSE音とともに目を開けると、なぜかサクラはアオイと二人っきりで見たことのない場所にいた。
「ここどこだろう?」
「王城みたいだな」
「え?」
思わずバルコニーに駆け寄ると花火が盛大に上がっているのが見える。
「こんなところは普通入れないんじゃない?」
「俺たち当り引いたみたいだな」
少しびっくりしてサクラは言ったのを受けてアオイがにやりと笑う。
「ふっ。ドクかわいそうに。アルカラス山脈の奥地の竜が眠る洞窟に飛ばされたらしいぜ」
「ええええー。それはカワイソウ過ぎる!」
DDOの中で最も難攻不落といわれるダンジョンの一つで、その最奥のボスの前に飛ばされたと聞いては同情と笑いが禁じえない。チャットを見るとドクの叫びがたまに流れて、それをみんなが笑っていた。ふと、アオイが笑いをとめて、サクラの目を覗き込んだ。
「サクラはどうしてDDOやめたの?」
「あー仕事忙しくなっちゃって…。挨拶もせずにやめちゃってごめんね?」
「それは仕方がない」
「でもナナちゃんと連絡とってたから、今日のことは教えてもらえたの。アオイは最近もやってたの?」
「俺もアカウントは維持してたけど、仕事で出張に出ることが多くて。なんかやめるときに、少し揉め事に巻き込まれたと、聞いてたから心配してたけど、元気そうでよかった」
いつもしゃべると、俺様で尊大なことを言うので、食いついてけんかになることが多かったアオイの言葉に目を丸くする。
「アオイ、大人になったねぇ」
「どういう意味だよ、ったく」
少しアオイがあきれたように言った後、会話が途切れた。
しばらく黙ってほの暗い王城のバルコニーから二人で花火を眺めていた。なんだか賑やかなのに少し離れた場所から見てるからか寂しいなって気持ちがサクラの中にわく。そんな気配を察したのか、アオイが傍によってきて少しだけ、サクラの頭をポンポンと叩いた。
「ま、でも、自分らしくやってけばいいとおもうぜ」
「え?」
「黙って、引退したのすごい気にしてただろ?」
「…うん。なんか失礼な話だよね~」
「人それぞれ事情があるだろうしさ、今日会えて元気そうな姿見れただけで十分だよ」
「うん。ありがと。本当は優しいんだね、アオイって」
「失礼なヤツだなぁ」
お互い思わず笑いあってしまう。
「で、悩みは解決したのか?」
「うーん。や。まぁ、なんていうか、自分らしくやっていくってなんだろって思ってはいるよ? ずっと」
「難しいこと考えてるなぁ」
「そなのかな。でもすごいここ2年くらい、いろんな人に迷惑かけていきてるからさ…」
そんな様子を少しだけ皮肉な笑みを浮かべてアオイが、サクラにとって、とても大事な言葉をつげた。
「あっ……」
涙がこぼれた気配で桜は目を覚ました。
「あら、桜起きたの? もうすぐ夕飯にするわよ」
呼びにきたのであろう、母が桜に声をかけた。目をこするようにして、涙を拭いて桜は起き上がる。母は桜の涙には気がつかず、『ほんと飲みすぎ』とか『ちょっとは手伝いなさいよ』とか軽くじゃれあいのようなお説教をする。
「お夕飯、口が変わるかなーっておもって、桜が好きなあったかいお寿司にしたよ」
そういってほの温かい手製のチラシ寿司を全員に配って夕飯にする。ぱくりと温かい寿司を口に含んだときに、葵に実家の暖かいチラシ寿司の話とかしたなぁということを思い出して胸がつまった。
――どうしよう。会いたい…。
そう思ったら、父と母に思わず、明日東京帰ってもいいか?ということを思わず口走り、すねた父親をなだめるために、弟と3人がかりでその晩は酒盛りをする羽目に陥った。