あの日まではただの可愛い女《ひと》。
『え? 桜さん? 最近会ってないし、メールもしてないよ?』

 七海に桜に関するメールを送ったら、速攻そう返って来た。まぁクリスマスに正月となると七海の業界は書き入れ時なので、女子会があるわけもなかったのだが。
 それを見て少しがっくりと葵はうなだれた。
 メールや電話のやり取りは多少はしていたが、会えずじまいで結局年を越してしまった。年末年始はクリスマスを始め、色々なイベントが目白押しなのに、まったく持って何も出来なかった。イベントというだけでなく、桜に会えないことが葵にとっては寂しくて仕方がなかった。

 ――このまま会えなかったらどうしよう。

 そんな根拠のない思いに困惑した。
 あの夜からしょっちゅう会っていて、こんなに長い間会わないということがなかった。ただ、七海達も連絡を取っていないと言うことは本人が言うように仕事が忙しいと言うことなのであろうとも思う。
 ただ、ここまで頑なな態度に違和感を覚えた。
 11時以降に最寄り駅に着くようなら、迎えにいこうとか考えていたのに、なぜかメールは家に帰った後で、今家ついた的なメールをおくってこられてたりで、偶然を装って捕獲することもかなわなかった。何かこれといった手を打てずに、正月を迎えてしまった。

 正月に、1月1日になった瞬間だと重いか?とか色々気にして、実家でいらいらしながら、1日の夜に明けおめメールを送る。
 2日の昼ごろに返答というか、『あつくてつらいよ』っていう一言だけの、なんだこれ?というメールが桜から返ってきたので、すぐ返事を出したが、そのまま何の反応もない。葵は大急ぎで身支度して東京に向かう電車に乗った。



「うううー。頭痛いのに誰よぅ…」

 すごい勢いでインターホンの音と携帯の着信音のダブル攻撃に気がついて、ふらふらとドアまでたどり着いて、桜は外もあまりよく見ずに鍵を開けた。

「桜さん――!」
「う? あ、おい?」

 ドアを開けた瞬間に、崩れ落ちた桜を葵が支えた。

「熱い――。病院いった?」
「んー。どして?」

 どうしてもこうしても、立ち上がれないくらいふらふらな状態がおかしいだろうが!と葵は思わず言いそうになる。保険証のありかを聞いて、桜が寒くならないように上着を着せる。そのまま抱き上げて救急病院へと連れて行った。

「インフルエンザですね」

 さっくりと医師に告げられて、そのまま薬を処方される。高熱で朦朧として、ほとんど意識を失った桜を再び、彼女の部屋へと連れ帰った。自分の部屋――とも考えたが、桜の今の心情的にまずいかもしれないと思ってそうした。タミフルは意識が混乱する場合があるので、温かくして桜を寝かしつけて、食べるものの状況などを確認する。冷蔵庫に買ってきたばかりのようなゼリーなどがあってほっとする。

 ほとんど、意識がなくてたまにうわ言を言うような状態の桜を看病しつつ、ふっと我に返ったのは、なぜ桜がこの時期に東京にいるんだろうか?ということであった。
 帰って来てすぐ倒れたんだろう、ということは旅行かばんが置いてあったり、冷蔵庫に入っている惣菜類が、品川のエキュートのものであったりということで、容易に想像がつく。
 葵にはもっと後の日付で帰宅予定を言っていたのに。
 もしかすると、本当は今日帰ってくる予定だったのを葵には違う日付で言ってたんだろうか? 桜の性格的にはそんな嘘やごまかしはしないとは思うが、ここ最近のことを考えるとどうだろうか?
 桜が一体なぜ、そんな風に自分を避けようとするのか、葵には原因がわからない。嫌われたと言うことはないと思うが、迷ってるにしては、桜の避けっぷりの無理やり感を感じ取っていた。

 そういうことに気がついて、葵はすっと頭の奥が冷めるような心持になった。

 自分の中にふっと沸き起こった不安や思いを押し殺して、桜の様子を見やる。先ほどから眠っているようには見えるが、苦しいせいかパタパタと寝返りを打ちつつ、時折うなるように声を上げる。意識が混濁していて眠りにまで陥れないような、苦しい状態なんだろう。

「桜さん――」

 ふっと傍によって熱の状態を見てみようと、額に手をやる。まだまだ熱くて熱が下がっていないのがよくわかる。

「ぅーーー」

 小さなうなり声を上げて、桜がふっと目を開けた。葵の顔に焦点があったのがわかる。

「桜さん、気がついた? 何か飲む?」

 首を横に振って涙をにじませた目で葵の腕を力の入らない手で掴んで、顔を摺り寄せてくる。小さな声で『あおいぃ。あのね…』と熱で掠れた声で言葉をつむいで、そのままコトリと意識を失うように眠った。

「会いたかったの…」

 掠れた小さな声で告げられた言葉に、葵はほのかに幸せになった。
< 51 / 62 >

この作品をシェア

pagetop