あの日まではただの可愛い女《ひと》。
――み、水…。
サイドボードに手を伸ばすとアイソトニック飲料のペットボトルがあったので、桜はこくこくと飲み干した。
――あれ? こんなのいつ買ったんだろう?
そう思ってベッドサイドに見慣れない大きなものがあるので、目を凝らしてみる。大きな骨格がよくわかるセーター。ベッドの上に放り出された長い腕をたどっていくと、形のよい肩甲骨が飛び出すようにある。下ろされた前髪に長いまつげ…。
見慣れた男の寝顔を久しぶりに見てどきりとする。
「葵……」
ベッドに頭を乗せて眠っている葵にぎょっとするが、もしかすると会いたくて、その気持ちが高じて…、これは夢なのかもしれない――。そう桜はまだ熱でふらつく頭で考える。
ただ――。
「風邪引いちゃう、よ?」
桜は自分がかぶっていた布団を持って、ベッドから降りて葵の近くにぺたりと座る。葵の背中にもたれて、自分と葵を包み込んだ。深い眠りに落ちてるんだろう。桜が葵の背中にもたれてもピクリとも動かなかった。
久しぶりの自分とは違う大きな骨格の感触に胸がつまりそうになる。
あえて踏み込んだりせず、意識せずに抱かれていたときは、触れられても気にしていない部分があった。ただ、自覚してからは――。
自分のものとは異なる暖かい体温、少しだけ乾いた指先、触ると硬い筋肉が動く胸や、桜を柔らかく包み込んで眠る――腕。
あの腕に包まれると、もうそこにずっと留まっていたくなってしまう。
「あったかぁい…」
葵の背中にもたれながら、暖かさだけでなく、満たされた気持ちが胸の奥にわいてきて桜は小さく『好き…』とつぶやいて、再度目を閉じた。
目覚めたら、ベッドに一人で眠っていた。
もこもこに毛布と布団をきっちりベッドにたくしこまれていて、最初は身動きもしにくいくらいだった。なんとか布団から脱出して、キッチンに水を取りに行く。
――なんだか、変な感じ。
熱で少しふわふわとしてるのもあるのかもしれない。ただとても充電感と言うかすっきりして、満たされていた。ここ数週間とても乾いているような気分だったのに。しかも、自分の部屋なのに違和感がそこかしこに感じられた。冷蔵庫から水を取ってベッドに戻ろうとしたら、ローテーブルにメモ書きがあった。
「ん? ――あおい!?」
葵の伝言メモであった。内容はインフルエンザだから、あと数日安静にすることと、冷蔵庫にお粥などの食料を置いてあることなどが書いてあった。お粥はなんと茶粥――冷たいままでも、のど触りがいいからとまで書かれている。葵自身は4日から仕事なので、桜を心配しながらも出社しないといけないので帰る、という断りが書いてあった。
――あのベッドサイトにいた葵は、夢じゃなかったんだ…。
ところどころ、目を覚ますと、アイスノンを換えてくれようとしていたり、ゼリーらしきものを食べさせてくれたりしていることを、思い出す。着替えもさせられていたような……。桜は熱に弱い自分が恥ずかしくなった。健康優良児で生きていたせいか、熱が出るとからきしだった。インフルエンザということは、相当熱が上がってたのだろう。
そしてメモ書きの続きには、『桜さんが元気になったらでいいから、一度だけでいいからちゃんと会ってください』と書かれていた。
サイドボードに手を伸ばすとアイソトニック飲料のペットボトルがあったので、桜はこくこくと飲み干した。
――あれ? こんなのいつ買ったんだろう?
そう思ってベッドサイドに見慣れない大きなものがあるので、目を凝らしてみる。大きな骨格がよくわかるセーター。ベッドの上に放り出された長い腕をたどっていくと、形のよい肩甲骨が飛び出すようにある。下ろされた前髪に長いまつげ…。
見慣れた男の寝顔を久しぶりに見てどきりとする。
「葵……」
ベッドに頭を乗せて眠っている葵にぎょっとするが、もしかすると会いたくて、その気持ちが高じて…、これは夢なのかもしれない――。そう桜はまだ熱でふらつく頭で考える。
ただ――。
「風邪引いちゃう、よ?」
桜は自分がかぶっていた布団を持って、ベッドから降りて葵の近くにぺたりと座る。葵の背中にもたれて、自分と葵を包み込んだ。深い眠りに落ちてるんだろう。桜が葵の背中にもたれてもピクリとも動かなかった。
久しぶりの自分とは違う大きな骨格の感触に胸がつまりそうになる。
あえて踏み込んだりせず、意識せずに抱かれていたときは、触れられても気にしていない部分があった。ただ、自覚してからは――。
自分のものとは異なる暖かい体温、少しだけ乾いた指先、触ると硬い筋肉が動く胸や、桜を柔らかく包み込んで眠る――腕。
あの腕に包まれると、もうそこにずっと留まっていたくなってしまう。
「あったかぁい…」
葵の背中にもたれながら、暖かさだけでなく、満たされた気持ちが胸の奥にわいてきて桜は小さく『好き…』とつぶやいて、再度目を閉じた。
目覚めたら、ベッドに一人で眠っていた。
もこもこに毛布と布団をきっちりベッドにたくしこまれていて、最初は身動きもしにくいくらいだった。なんとか布団から脱出して、キッチンに水を取りに行く。
――なんだか、変な感じ。
熱で少しふわふわとしてるのもあるのかもしれない。ただとても充電感と言うかすっきりして、満たされていた。ここ数週間とても乾いているような気分だったのに。しかも、自分の部屋なのに違和感がそこかしこに感じられた。冷蔵庫から水を取ってベッドに戻ろうとしたら、ローテーブルにメモ書きがあった。
「ん? ――あおい!?」
葵の伝言メモであった。内容はインフルエンザだから、あと数日安静にすることと、冷蔵庫にお粥などの食料を置いてあることなどが書いてあった。お粥はなんと茶粥――冷たいままでも、のど触りがいいからとまで書かれている。葵自身は4日から仕事なので、桜を心配しながらも出社しないといけないので帰る、という断りが書いてあった。
――あのベッドサイトにいた葵は、夢じゃなかったんだ…。
ところどころ、目を覚ますと、アイスノンを換えてくれようとしていたり、ゼリーらしきものを食べさせてくれたりしていることを、思い出す。着替えもさせられていたような……。桜は熱に弱い自分が恥ずかしくなった。健康優良児で生きていたせいか、熱が出るとからきしだった。インフルエンザということは、相当熱が上がってたのだろう。
そしてメモ書きの続きには、『桜さんが元気になったらでいいから、一度だけでいいからちゃんと会ってください』と書かれていた。