水没ワンダーランド

(こっちの世界にも、まともなヤツはいるんだな)


那智は安堵の表情を浮かべる。

そして、「きみはだれ?」と問おうと口を開いたとき、那智よりもはやく女の子が言葉を発した。


「あの…ところで、ここはどこですか?」


「……はい?」


女の子がぐるりと辺りを見回した。
那智は呆気にとられて間の抜けた返事をした。


「どこって……きみ、この世界の人じゃないの…?」


「この"世界"……?」


今度は女の子がきょとん、とする。

「じゃあ……チェシャ猫が言ってた、俺がいた世界から流れこんだ人?」


「……?」


女の子はさらに疑問符を浮かべている。那智は嫌な予感がしたが、続けてみる。


「この草原に来る前、池袋駅にいた記憶はないか!?」


「イケブクロ…?」


どうやら池袋駅が何かすらわかっていないらしい。



この世界の住人ではなく、
那智たちの世界から迷いこんだ人間でもないらしい。


……というより、眠りに落ちた以前の記憶が欠落しているようだ。


(ということは、つまり…)


「記憶喪失?」


「え、それは大変ですね!」


「お前のことだよっ!」


安堵はつかの間、那智はがっくりと肩を落とした。


この世界の住人ならば、チェシャ猫の居場所やこの世界の状況を聞き出せたのに。


自分以外の人間と出会えたのは少しばかり心強かったが、記憶喪失の少女となると頼りにはならなさそうだ。


(しかも……)


「いやあ、それにしてもこっちの世界とか別の世界とか…」


(こいつ、)


「那智さんってSFちっくなこと言いますね!おもしろそうですけど……」


那智のジト目を気にせず、女の子は微笑んだ。


「あっ、もしかしてどこかの劇団の人ですか?」


(天然かよ……っつか、わざと?わざとなのかそれは?)


「あれ?那智さん、聞いてますか?」


「ああああ!も、うっせえ!」


苛立ちが最高潮に達した那智は、少女のマシンガントークを遮り思わず声を上げる。

ピタリ、と女の子が固まった。


(…やべ……泣くか……?)
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