水没ワンダーランド
女の子がうつむく。

泣かれるかと思い身構えていた那智だが、女の子の視線はそのままツツー…と那智の足元に移る。


「わっ!なななな那智さん!四ツ葉のクローバーですよーっ」


嬉々として那智の足元にしゃがむ女の子を見て、那智は生まれて初めて年下に柔らかな殺意を抱いた。

しかし、那智は震えるこぶしをピタと止める。


「ちょっと待て。なんでお前まで、俺の名前知ってるんだ?」


女の子が視線を上げる。

しばし顔を見合わせる二人。

(なんだよ……なんで、あのクイーンも猫も俺の名前……)

那智は嫌な汗を垂らす。


そして女の子は四葉のクローバーを摘まんだ手で、那智の胸元あたりを指差した。


「それ、です」


「……え?」


指を差された箇所、那智の胸ポケットには中学校指定の名札バッチがついていた。



「……まじかよ…」


あまりにも呆気なく、そして馬鹿らしい仕掛け。


クイーンの前でも猫の前でも、自分の名前をでかでかと晒して歩いていたのだ。

那智は脱力する。


「なんだよ……心配して損した」


「えへへー」


「……いやっ!待て待て待て!なんでお前がこんな漢字読めたんだ?」


オレンジ色のプラスチックでできたダサいバッチには、「森田 那智」と刻印されている。


小さく平仮名が書き足されているものの、それは入学当初に山本に落書きされた「タモリ」という読み仮名とはまったく関係のない平仮名で。(余談だがそのあと那智は山本の顔面をを力いっぱいメロンパンで殴った)



小学3年生ぐらいであろうこの女の子が、那智という漢字を読めるとは思えなかった。


那智の同級生ですら、読める人は少なかったのに。


「ああ……それは…」


「それは?」


那智はゴクリと唾を飲む。
こんな天然で馬鹿らしい少女なのに、実は秀才……?なんだかそれは無性に悔しい気がした。


「なんとなく、です。アハハッ」

「……アハハッ」


那智は乾いた笑みを浮かべると、すぐさま女の子からクローバーをもぎとり、彼方へと投げ捨てた。


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