水没ワンダーランド
チェシャ猫は、キョロキョロと辺りを見回した。
見回したといっても、首だけを360度回転させるという、人間離れした技を駆使したわけだが。
「さっきの馬さんは、本当は人間」
「……は?」
あまりにも唐突な猫の言葉に、一瞬那智は理解することができなかった。
否、理解したくなかったのかもしれない。
「那智たちの世界から、大勢の人間がこっちに迷い込んできたって言ったでしょ?」
猫は確かめるように首をかしげた。
覚えている。那智のアパートのバスルームで猫はそう言っていた。
チェシャ猫が言うことが本当ならば、池袋駅から消えた90人の人間、いや、もしくはニュースには出ないが行方不明として扱われている人間もいるかもしれない。
その消えた人間たちが、この世界に流れ込んでいるということだ。
「……ああ」
那智は暗い顔をしてうなずいた。
女の子は、よく意味がわからないという風に那智とチェシャ猫の顔を交互に見ている。
「那智たちの世界の人は、こっちの世界の空気に合わないようにできてるみたい」
“できてる”とチェシャ猫は口にした。
まるで、人間などただの作り物にしか過ぎないというような言い方をする。