水没ワンダーランド
那智たちの世界の歪みや汚れを吸い浄化することで存在してきた異世界とはいえ、二つの世界が直接干渉し合うことはなかった。
ここは人間が住むべき世界ではない。
というよりも、那智たちの世界、つまり地球の生命体がいるべき場所ではないのだ。
「さっきの馬さんは、随分前にここに迷い込んできた人間。長いことこの世界にいる内に、あんな姿になっちゃった」
ケロリとした顔で、チェシャ猫はとてつもなく恐ろしい言葉を吐いた。
「にん、げん……?」
あの骸骨と馬でできた化物が、元は人間?
見知らぬ世界に迷い込んだせいで精神を蝕まれ、われを忘れてしまった人間。
那智は青ざめた。
恐怖を通り越して、吐き気がする。
「……っ……冗談、きつい……」
あれが、この世界に迷い込んでしまった人間の末路。
色彩がなくなったり音がなくなったりするどころの異変じゃない。
もっと恐ろしいことが、この世界では起きている。
人間が、元いた世界から姿を消し、こちらの世界で狂っていく。
この世界から逃れられないという絶望と恐怖が、一人の人間をあんな姿に変えてしまった。
もし、あれが那智の知っている人間だとしたら。
否、那智の知っていた“人間だったもの”だとしたら?
全身が凍りつくような冷たい汗がこめかみ辺りから吹き出る。