水没ワンダーランド
「あの、バケ……いや、アレは……元に戻れるのか?」
元は人間だとわかると、それを化け物と呼ぶことができなかった。
「無理」
なんのためらいもなく、チェシャ猫が言い切った。
「無理ったって……そんな……」
「今の時点では、無理。どうすれば元に戻れるのかは誰にもわからない。だから、どうすることもできない。でも、確かなことがひとつある。那智にできること、ひとつ、ある」
チェシャ猫が意味深な台詞を吐いたとき、ザアッと一陣の風が木々を揺らせた。
おそらく日本には分布しないであろう大きな葉を持つ枝が揺れ、葉がザワザワと擦れるとともに那智たちを陰で覆う。
その光景が、那智の記憶の一欠けらとかぶった。
池袋の街頭で目にしたテレビ。
あの実況で流れた監視カメラの映像には、大きな影が一瞬よぎった瞬間、池袋駅から人間が消えていた。
一瞬で姿を消した、90名の人間。
那智は唐突に、最悪な状況を理解した。
「もしかして……あの消えた人たちも…」
「そう」
チェシャ猫の口元を縫い付けてある糸が一本だけプツンと途切れた。