花は花に。鳥は鳥に。
 胸がキリキリと痛んだ。

 御免だと、あれほど強く思っていたのに。


「どうしたの、遙香?」

 お母さんが心配そうな顔をしている。

 いけない、もう吹っ切ると決めたのに、まだ忘れてない。

「ん、ごめん。喉になんか引っ掛かっちゃって。」

 ワザとらしく、「あー、あー、」なんて上を向いて喉の辺りを指先で押さえて首をひねってみせた。

 店の女将さんが心配そうだ。いけない。店の料理は関係ない。

「ちょっと今朝から痰が絡んでたんだ。風邪の引きかけかも。」

 お騒がせしたお詫びに、女将に向かってぺこりと頭を下げた。

「平気おすか? なんやったら、飴でも舐めてみやはる?」

 女将が奥の板前さんからブリキ缶を受け取って、わたしに手渡してくれる。

 ちょっと罪悪感を覚えた。

 黒飴を口に入れて、甘い後からハッカの香りが抜けていった。


 気を抜くとぶり返してくる失恋の痛手。

 ううん、失恋だけならまだいい。もっと沢山失った。

 けど、それを母にはもう見せないと決めた。

「アンケート、書き終わった? じゃ、お勘定済ませてくるね。」

 母から用紙を受け取って、わたしは席を立った。

 先程の飴のお礼も兼ねて、美味しい食事の礼と共に清算を済ませた。

「そろそろ駅に向かわないとヤバい時間よ、お母さん。」

 時計を見て、母を急かして店を出た。

 城崎は日本海側にまで移動しないといけないんだ。


「あら、京都のお土産買えなかったねぇ、」

「もー、なに言ってんの、お母さん。

 大阪と京都なんてお隣でしょ、誰もお土産なんて買ってこないわよ。」

「なにを言ってるの、遙香。例えご近所でも、気持ちが大事なんだよ?」

「はいはい、」

 母は古い時代の人間だから、イマドキの事情とはズレているのだ。

 職場への手土産なら、城崎で買い物をすると決めている。


「金閣寺と銀閣寺も見たかったねぇ、」

「いつでも連れてってあげるわよ、近場なんだから。」

 母は関東の感覚がまだ抜けきっていない。

 京都は、遠い観光地だった。

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