社内恋愛のススメ
平日の午前中。
お昼よりも少し前のこの時間帯でも、街中はそれなりに人が多い。
人の波に押されない様に、カツンカツンとヒールを鳴らして歩く。
1歩1歩に、力を込めて。
そうしないと、逆らえない波に流されてしまいそうだから。
長友くんに連れて来られたのは、タワー型の駐車場だった。
「長友くんって、電車通勤じゃないの?」
あれ?
確か、そう言っていたはずなのに。
ふと浮かんだ、そんな疑問。
タワー型の駐車場の下で、慣れた様子で出庫手続きをしつつ、長友くんが答える。
「そうだけど。」
「じゃあ、どうして………。」
「今日はたまたまだよ。仕事が終わった後、出かける用事があるからさ。」
スムーズに出てきた車は、真っ赤な四駆。
車高が高い、少し大きめな車。
「長友くんって、免許持ってたんだね。」
「何、お前、持ってないの?」
「いや、持ってるけど。あんまり乗らないから、ペーパードライバー………。」
仕事上、必要になるかもしれない。
そう思って、大学時代に取った免許。
将来、どんな仕事に就くかも分からない。
念の為にと取った免許は、財布の奥にしまい込んだままだ。
第一、電車通勤の私は、自分専用の車というものを持っていない。
自由に動かせる車がないと、乗らなくなってしまうものだ。
今は、ただの身分証明でしかない。
「………。」
呆れた様に見られているのは、気のせいだろうか。
いや、気のせいじゃない。
長友くんの視線が痛い。
「………絶対、お前にだけは運転させない。」
「は?」
「危なっかしくて、見てられなさそう。」
ゆったりとした動作で助手席のドアを開けながら、長友くんが言う。
失礼だ。
全くもって、失礼な男だ。
一応、免許は持っているのに。
ちゃんと教習に通って、試験にも受かっているのに。
こんな男にドキドキしていただなんて、微妙に損した気分だ。