社内恋愛のススメ
(何だ、………私、普通に話せるんだ。)
長友くんと、上条さん。
私に関わりの深いあの2人でなければ、普通に話せる自分に驚く。
誰とも話せないんじゃないか。
怯えて、逃げてしまうんじゃないか。
心のどこかで、そう思ってた。
不安だったのが、嘘みたい。
この2週間、家に籠っているばかりだったから、そんなことも分からなかったのだ。
カツン。
カツン、カツン。
パンプスのヒールの音。
人のまだ少ない廊下に響く、聞き慣れた音が心地良い。
早い時間であるせいか、廊下ですれ違う人もない。
いつもよりも、1時間以上早い出社時間。
わざと、この時間を狙って出社した。
この時間なら、あの2人に会うこともない。
長友くんなんて、いつも遅刻ギリギリ。
上条さんは、あれでも結婚したばかりの人。
新妻の文香さんが、そう簡単に離しはしないだろうから。
この時間を選んだのは、2人に知られずに退職願を出す為。
いつかは知られてしまうこと。
同じ会社の同じ部署に勤めているのだから。
それは分かっているけれど、なるべくならあの2人が知るのは遅いに越したことはない。
どう反応するか。
引き留められるのか。
それとも、無反応でやり過ごされるのか。
それは分からないけれど、私がいなくなることが正式に決まってからの方がいい。
部長には、昨日のうちに電話してある。
「部長、お久しぶりです。」
「有沢か。どうした?わざわざ電話してきて。」
「………お話があるんです。部長と会って、お話させて頂きたいことがあるんです。」
一瞬の間。
「大事な話か?」
「はい。いつもよりも早い時間に、来てもらえませんか?………なるべく、他の人には聞かれたくないので。」
詳しい理由を言わずに呼び出してしまって、本当に申し訳ないと思う。
しかし、それでも部長は快く応じてくれた。
「じゃあ、1番乗りを目指して行くさ。」
「申し訳ありません。よろしくお願いします!」