社内恋愛のススメ



いつもみたいに、長友くんの前で笑えるだろうか。

そして、別れを告げられるのだろうか。


さよなら、と。

大好きな人に、また言えるかな?



(ダメだ………。)


ちゃんと、ちゃんと言わなくちゃ。


長友くんを解放してあげるんだ。



私みたいな女じゃなくて、もっと可愛い女の子と一緒にいるべきなんだ。


汚れてしまった私では、価値がない。

隣にいる資格さえない。


私なんかに縛られている必要なんてないんだよ。



長友くんは、もっと羽ばたいていける。

もっと高く高く、飛べるんだから。


別れのその時を想像しただけで、胸がギュッと苦しくなる。



息をすることさえ、苦しい。

呼吸が止まりそうなほど、胸を締め付けていく痛み。


決意したのに。

そうしなければいけないことは、分かってるのに。


分かっているからこそ、つらいのだ。




(長友くん………。)


笑った長友くんの顔が思い出せないよ。

バカなことばっかり言っていた顔が、私の頭の中から消えていく。


長友くんの顔を思い浮かべていたその時、フロアの端に見慣れた人物が顔を出す。


その人は、私が待っていた人だった。




スッと薄い暗闇から、淡いグレーのスーツが飛び出す。

暗闇の色をそのまま、身に付けている物に宿したかの様だ。


フロアにやって来たのは、企画部の部長。

私が、退職願を出すべき相手。


部長は私の顔を見るなり、明るく笑った。



「よ、有沢。有給休暇はどうだった?」


同じこと、言ってる。

すれ違う社員と同じ言葉を吐く部長に、私もついつい笑ってしまう。



「ゆっくり休めました。長い間、休んでしまって申し訳ありません………。」


有給休暇とはいえ、いきなり休み始めた様なもの。

前もって、何週間も前から申請していた休暇ではないから。


私がいないことで、迷惑をたくさんかけてしまったことだろう。



基本的に、企画部は人手が足りていない。

すぐに使える人材なんて、いないからだ。


この企画部に配置されてから、長い時間をかけて人を育て上げていく。



人手が足りていないことを知っているのに、それでも休ませてくれた部長には本当に感謝しているのだ。


感謝しても、しきれないほどに。



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