社内恋愛のススメ



「遅い!」


私を呼び付けた張本人は、用意された席でも端に座っていた。


長友 千尋。

同期入社で、もう何年も私の隣で仕事をしている彼は、踏ん反り返っている。



「………長友くんだって、いつも遅刻してくるじゃん。」


いつもどころか、ほぼ毎回遅刻してくるクセに。

私よりも先に来ている方が、よっぽど珍しい。


大体、男と女は違うのだ。

メイクを直したり、着替えたり、やりたいことがたくさんあるのだ。


女を捨てていた私が言うことでもないけれど。



ちょっと待って。

細い腕に巻き付いた時計を見れば、まだ7時にもなっていない。


約束の時間は、7時。

予約を入れたのは私なのだから、間違いない。



(………っ、まだ約束の時間ですらないじゃん!)


そう言いたかったけれど、私は何も言えない立場みたいだった。





予約席と書かれた席には、企画部の面々が揃い済み。

広くない店内を埋め尽くす様に、見知った顔が溢れている。


この店の客の半分は、2時間前まで同じフロアで仕事をしていた人間だ。



1番奥の上座に座るのは、中年の男性。

今朝張り切って、この歓迎会を計画していた宴会部長様。


その隣には、今日の主役である上条さん。



遠い。

かなり遠い。


空いているのは、そこから1番離れた端っこの席。

長友くんの隣だけ。


何っていうか、………不条理だ。



「お前は、ここ!」


長友くんがわざとらしく、端っこの席を叩いてアピールする。



「………。」


選択肢はないらしい。

選ぶほど、この酒席には席の余裕もない。



「………はぁ。」


私は仕方なく、長友くんの隣に座ることにした。



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