社内恋愛のススメ



「ほら!」


長友くんのかけ声とともに、ドスンと音を立てて目の前にバッグが置かれる。



見覚えのあるバッグは、もちろん私の物。


このバッグに初めて書いた退職願を潜ませて、私は今朝、出勤したのだ。

この会社に。



誰にも見られずに、退職願を出したくて。

ギリギリまで、長友くんにも上条さんにも知られたくなくて。


その退職願は、受理すらされなかったけれど。


目の前に置かれたバッグをぼんやりと見つめる私に、長友くんは自慢げにこう言った。



「感謝しろよ。お前を探して、わざわざ持ってきてやったんだから。」

「………。」


いやいや、確かにそうだけど。

そうなんですけど。


胸を張って言っちゃってんだろうな、この男。


ほんと、長友くんらしい。



でも、これって、気を遣ってくれてるんだよね。

こういう時の長友くんって、気を遣ってわざとこういう風に言うんだ。


私が、気に病まない様に。

逆に気を遣ってしまわない様に、こんな風に言う。


長友くんって、そういう人。



付き合ってからの時間は、それほど長くはない。


だけど、分かるよ。

同僚として過ごした時間は、長いから。



素直に表せない優しさが、長友くんの言葉には滲んでる。

言葉の裏に、思いやりが隠れてる。


私、きっと長友くんのそんな所を好きになった。

男としても、人間としても。


長友くんが好き。

こんな風に気を遣える長友くんのことが、好きだなって思う。




「ごめん、ありがと………。」


視線を落として、そう言う。

相変わらず、振り返れないまま。



振り返ったら、崩れてしまう気がして。

せっかくの決意が揺らいでしまう気がして。


顔を見たら、私はきっとーーー……



もっと欲が出る。


一緒にいたい。

ずっとずっと、隣にいたい。


願ってはいけない願いを、再び抱いてしまう。



そんなこと、願ってはいけない。


それが分かっているから、私は振り向かない。



向かい合うことも出来ず、顔を見ることも出来ず、ただ時間だけが過ぎていく。

無音の時間だけが、川の様に流れていく。



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