社内恋愛のススメ



鼻孔をくすぐる、長友くんの香水。

控えめで爽やかな、長友くんらしい匂い。


私、この香りが好きだった。

控えめなところが長友くんっぽくて、すごく好きだった。



懐かしい匂い。


それだけで、胸がいっぱいになる。



「や、……止めて!」


ドンドンと、長友くんの背中を叩く。


加減なんか知らない。

本気で長友くんの体を叩いて、必死に抗議する。



「誰かに見られたら、どうするの?」


それで困るのは、長友くんなんだよ。



私は、不倫してる女。

不倫した挙げ句に会社にバレて、左遷されちゃう哀れな女。


そんなバカな女と一緒にいるところを見られて、迷惑がかかるのは長友くんなんだよ。



私なんか、どうだっていい。


私は、どうせいなくなる。

ここにはいられなくなるのだから。


噂に怯える必要もない。

誰も知らない所に飛ばされるのだ。



でも、長友くんは違う。

私とは違うんだ。


今日もこれから、ここで仕事をして。

明日もここに通って、仕事をして。


これから先も、ずっとここで仕事をしていくのだ。



私のデスクだった隣で、これからも長友くんは座って仕事をしていかなければならないのだ。


長友くんを裏切って。

傷付けて。


その上、迷惑までかけて。



そんなこと、したくない。


これ以上、長友くんを追い詰めたくない。

長友くんに迷惑なんかかけたくないんだよ。


好きだから。

別れを告げても、あなたのことが大好きだから。



それなのに、長友くんは離してくれない。


それどころか、もっと強く抱き締めてくる。



「恥じることなんて、何もないだろ?」

「………い、や!やだ………っ。」

「俺は、………俺は、有沢のことが好きなんだから。」

「止めてよ………、止めて………。それ以上、何も言わない………で………!」



休憩室に響く、私と長友くんの声。


遮るものは、何もない。

邪魔をする人間も、止めてくれる人間も、ここには存在しない。



< 369 / 464 >

この作品をシェア

pagetop