社内恋愛のススメ
人間としては好いてくれていても、男としては意識さえしてもらえない。
どんなに近くにいても、同僚より上にはなれない。
あの男は大して近くにもいなかったのに、俺を軽く飛び越えた。
ポーンと飛び越えて、有沢の心の中に入り込んだのだ。
「上条さん、これなんですけど。ちょっと見てもらってもいいですか………?」
有沢が、女の顔をする時。
あの有沢が、ちゃんと女の子に戻る瞬間。
それは、ある1人の男の前でだけ。
何も、目立って変わるってほどじゃない。
多分、気が付いたのは俺くらいだ。
俺は、有沢のずっと近くにいたから。
誰よりも、有沢の傍にいたから。
有沢のことを特別視していたから、気が付いたのだろう。
上条 仁。
俺と有沢よりも、8歳年上の先輩社員。
企画部のエース。
誰しもが認める、うちの稼ぎ頭。
悪い所なんて見当たらない。
見つけることさえ、難しい。
そんな完璧で、クールな男。
何でもこなすのだ。
企画だろうと、相手方との交渉だろうと。
仕事の為だけになら、笑顔さえ惜しげもなく披露する。
普段は、絶対に笑わないクセに。
影のあだ名は、鉄仮面。
何を考えているのか。
誰にも分からないほどに、いつも表情がないからだ。
無表情で、無口。
それなのに、顔だけは無駄に整ってる。
薄い唇。
真っ黒な髪。
細い目を引き立てる、縁のある眼鏡。
羨ましいよ。
それだけ切れ者で、顔まで文句の付けようがなくて。
俺は努力しなきゃ、仕事だって完璧にはこなせない。
顔だって、大して良くもない。
人当たりだけはいいから、女にはモテないこともなかったけれど。
しゃべりやすいから、俺を選ぶだけだ。
きっと。
俺の好きな彼女が惹かれていたのは、俺とは真逆の男。
それが、俺に与えられた現実。