社内恋愛のススメ



俺の前では見せない顔を、あの男の前では簡単に見せる。



ずっと同僚としての顔しか、俺の前ではしてくれなかった。


憎まれ口を叩いて。

ふざけ合って。


あんなに恋しそうに、有沢は俺を見つめたりしない。

愛おしそうに、俺の目を見たりしない。



有沢の中で、俺はきちんと線引きされているのだ。

同僚の枠の中で、俺は囲われてる。


有沢は何も悪くないのに、そんな彼女にムカついて。

イライラしてる自己中心的な自分に、もっとムカついた。



だって、ムカついたってしょうがない。

仕方のないことだ。


俺は、有沢の同僚で。

他のヤツらと同じ、その他大勢の中の1人で。


ただちょっとだけ、他のヤツより仲がいいだけなんだから。




カタカタカタ。

カタカタカタ。


視線を目の前のパソコンだけに集中させ、指先を器用に素早く動かす。

軽やかなリズムを刻む、俺の指先。



俺の必殺技、高速ブラインドタッチ。

学生時代から練習していただけはあって、これだけは今でも他のヤツには負けない特技。


イラついているお陰で、いつもよりも速度が増している。



(仕事中、俺は今、仕事中!!)


そうそう、今は勤務時間内。

遊んでいる時間なんかないんだ。



俺は、あの男みたいに、何でもサラッとこなせる訳じゃない。


努力をして、それでやっと人よりも上に行ける。

努力を積み重ねていたからこそ、今の自分があるのだ。



あんなの、見てる暇なんてない。




それなのに、体が言うことを聞いてくれない。

見たくないのに、目だけはあの2人の姿を追ってしまう。


見たくないのに。

有沢が他の男と並んでいる場面なんか、一瞬足りとも見たくなかったのに。



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