社内恋愛のススメ



「寒い!まだまだ冷えるわね。」

「ほんとに………カレンダーは、一応春なんですけどね。」


何ということもない話。

世間話をしながらこうして歩くのが、私と桜井さんの日課。



出勤する時間が同じ時間帯であるせいで、会社の近くで必ずと言っていいほど、桜井さんと顔を合わせることになってしまうのだ。

会社で顔を合わせるよりも先に、いつもどちらかがどちらかを見つける。


ほぼ毎日と言っても、過言ではない。



営業という仕事柄、仕事中はまともに話をする機会さえない。

同じ場所に2人で営業に行くのならば、会話を交わすことも多くなるけれど、同じ場所に行くことの方が珍しい。


同じ会社に出勤して、別々の場所へまた出ていく。

仕事を取って、他の部署の役割を作り出していく。


それが、営業という仕事。



なかなかゆっくり話をすることも出来ない私と桜井さんの、朝のちょっとした楽しみでもある。



「こういう寒い朝は、温かい飲み物が飲みたくなるわー!手足が冷えちゃって冷えちゃって、凍っちゃいそう。」

「あー、分かります。冷え性だとつらいものがありますよね………。」

「実和ちゃんも、やっぱり冷え性?」

「結構、冷え性なんですよ!あ、会社着いたら、コーヒーでも淹れますね。」

「さすがー、実和ちゃん!気が利くね!!」


凍えた手先を、私と同じく擦り合わせる桜井さんが何故か立ち止まる。



「あ、そうだ。実和ちゃん、知ってる?」

「何ですか?」


思い出した様に、桜井さんがそう尋ねてきて。

心当たりのない私は、首を傾げる。


桜井さんの口から飛び出したのは、私に衝撃を与えるのに十分過ぎる単語を含んだ言葉だった。




「今日からね、本社からこっちに来る人がいるんだって。」


本社。


その単語に、背筋が凍る。

その単語に、過敏に反応してしまう自分がいる。



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