社内恋愛のススメ



私って、こんなに臆病な人間だったのだろうか。

こんなに意気地がない人間だったのだろうか。


恋は、人を変える。

変えてしまう。


いい方向にも、悪い方向にも。



(何を考えてるんだろう?)


上条さんは、今、何を考えてるのだろう。

何を思っているのだろう。


さっぱり分からない。



いつも通りに仕事をテキパキとこなす上条さんは、今日もバッチリ決まっている。


濃いグレーのスーツ。

その奥に締められた淡い紫のネクタイが、グレーのスーツの合間から見え隠れしていて。


ワックスで後ろに流した髪は、乱れることもない。



たまに眼鏡を直しながら、部下に指示を送る。


本当に、驚くぐらいに普段通り。

普段通りだからこそ、分からない。


彼の心の底にある気持ちが読み取れない。



何を考えているのか。

何を思っているのか。

誰のことを想っているのか。


変だよね。

私、恋人なのに。



上条さんが大切に想っていてくれているのは、私。

特別に想っていてくれるのは、私。


そうであるはずなのに、自信が持てない。



思えば、最初からそうだった。


いつも不安で、堪らなかった。

自信なんて、始めからなかった。


その手が離れて行かない様にって、必死に祈っているだけだった。



頭はぼんやりとしながらも、指先だけは動かし続ける。


カタカタカタ。

カチカチカチカチ。


キーボードを打つ手は止まらない。



何とか、こなしていた仕事。


その時だった。

上条さんのデスクの電話が鳴ったのは。



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