ボレロ - 第二楽章 -


ソファに深く身を沈め目を閉じる。

最後に目にした珠貴の顔は、落ち着きを取り戻し気丈に見えた。

突然もたらされた一報に心を乱され、一時は自分を失いかけていたがそれも

ほんの一時のこと。

宗……と呼び、私にすがった手は頼りなかったのに、すぐに気持ちを建て直し、

私を見つめる目もしっかりしたものだった 。

あの手を離してしまったことが悔やまれる。

櫻井など押しのけて珠貴について行くべきだった。

様子を見ようと決め波立つ心をおさめようとするのに、思い出すのは珠貴の

ことばかりだった。



珠貴とは昨夜も一緒だった。

シャンタンの二人の定例の会食で、シェフの新作ですよの羽田さんの説明に、

素晴らしいわと感嘆の声をあげ満足そうな笑みを見せながら、最近見聞きし

サロンで集めた情報を教えてくれた。

珠貴のもたらす情報は、私たちが集めるものとは異なり隠された部分のものが

多い。

これまでも幾度となくその情報に助けられ、時には難局を乗り切ってきた。

緩やかに流れる時間の中で、緊張感のある会話が交わされる彼女との時間は

つねに刺激的で、真夜中の甘くひそやかな時でさえ私と対等であろうとする。

その中にほんの少し含まれる甘えた顔が、たまらなくいとおしい。

クリスマスディナーの誘いをあんなにも喜んでくれたのに……


わずかな手がかりでもいい、珠貴の消息を知る情報がつかめないものか。

神になど頼ったことはなかったが、すがれるものがあるのならすがりたい。

今の私の偽らざる思いだった。 





珠貴に繋がる情報は、意外なところからもたらされた。

帰宅する気にもならず、見ても頭に入ってこないディスプレイを眺めながら

マウスを無造作に動かしていたところ、

経済情報の速報のページへと飛んだのか、トップ記事でもないのに下方に小さく

書かれた見出しが私の目をひいた。

神経が過敏になっている頭と目は、珠貴に関係する文字を見逃さなかったと

言える。


『クレームによる商品回収に苦慮している模様。

SUDO の第三部門は閉鎖に追い込まれ……』


見出しに続く記事にはこうあった。

取引のある問屋からのクレームで、取り扱った生地に肌に異常をきたす物質が

含まれており被害者が出ている。

以前にも同じことがあり信用がおけないため、商品回収とともに取引先のキャン

セルが相次いでいる。


記事自体の内容にはなんら問題は見られずおかしな点はないが、速報記事と

しては不自然だった。

昨夜の珠貴には、クレームで会社の一部門が閉鎖に追い込まれるほどの危機

感は見られなかった。

もし、会社がそのような危機的状況にあるのなら、今朝の会合の際に何かを

感じたはずだがそれもない。 

被害者がでるようなクレームなら当然マスコミが騒ぎ立て、すぐに問題化され

騒ぎが大きくなったところで会社側の苦慮が伝えられるはずだが、降ってわいた

ような見出しに違和感があった。



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