ボレロ - 第二楽章 -
静まった部屋にノックの音が響いた。
返事とともに姿を見せた人物は、私の危惧を後押しするような情報を持って
きた。
「失礼します……よろしいでしょうか」
「どうした、やけにあらたまってるじゃないか」
「あの……珠貴さんのことを何か聞いていますか」
「珠貴がどうした。何かわかったのか!」
私の剣幕に平岡の方が驚いていた。
「何があったんですか」
「いや……」
「ただ事じゃないってことですね」
「どういうことだ」
「蒔絵から先輩に聞いて欲しいと言われまして……
室長が急に出張に出かけたということだが、出張の予定など、デザイン室
企画室の誰も聞かされていないらしく、
もしや病気や事故ではないかとみなが心配していると」
「やっぱりそうか」
「先輩、自分だけわかってないで、僕にも説明してもらえませんか」
誰にも言うつもりはなかったが平岡の疑問をかわすすべがなく、蒔絵さんの
心配もわかるだけに、ここだけの話だと念を押し、今日の出来事を話して聞
かせ、さらに、今しがた見つけた経済ニュースの記事も見せた。
「まさか、珠貴さん、誘拐されたんじゃ」
「考えることは同じようだな」
「人が一人、所在が明らかになっていないんですよ。
珠貴さんは会社にとって大事な人じゃないですか。
普通なら大騒ぎするはずなのに、会社側は出張と名目をしたてて、
社員にもつくろっているんですよ。
なんらかの事件に巻き込まれたって思うのが自然じゃないですか」
「うん……」
「それにこの記事、おかしいですよ。
会社の一部門が失われるほどのクレームなら、もっと騒がれてます。
あまりにも突然すぎませんか」
「SUDO の内部で何かが起こっている。そういうことだ」
「珠貴さんがいなくなったことに関係してるんじゃ……」
「おそらくそうだろう」
単純に考えるとすれば、何者かが珠貴を人質にとり、会社側に無理難題を
吹っかけたのか。
会社の業績が傾くほどの莫大な損害を与え、社会的信用を失墜させるのが
目的か。
須藤社長が、そのような恨みを買うあくどい経営をしているとは思えない。
逆恨みか、または他の理由なのか。
「どうしますか。珠貴さんの妹さんなら知ってるんじゃないですか」
「紗妃ちゃんから何か言ってくるんじゃないかと待っていたが、
あの子にも、珠貴の不在については都合のいい理由が伝えられているのかも
しれない。
わざわざ不安をかき立てるような電話はしないほうがいいだろう」
「それもそうですね。でも、このままでいいんですか。いっそ警察に」
「なんの確証もないのにどう説明するんだ。すべてが憶測でしかないんだぞ」
「ですが」
平岡の苛立ちは、そのまま私の苛立ちそのものだったが、彼を落ち着かせる
言葉を口にすることで自分自身を冷静にさせていた。
「潤一郎さんの力を借りたらどうですか」
「それは……もう少し情報を集めてからだ」
活路を見出せないやり取りのさなか、携帯に思いがけない人物の名が表示
された。
なぜあの人から電話がと考えながらもすぐに電話にでた。
『近衛君ですか。須藤です、須藤知弘です』
『須藤さん!』
私の大きな声に、またも平岡が驚いた。
電話の主は、珠貴の叔父の知弘さんだった。