ボレロ - 第二楽章 -
都会の空は星が見えないと言われるが、それにも増して今夜の空は不気味な闇
に包まれていた。
高台から見下ろす街にはネオンが輝き、煌びやかな電飾が光を放っているが、
その光も静かに進行している陰謀を隠すための目くらましではないかとさえ思え
てくる。
タクシーの運転手が提供する陽気な話題に差しさわりのない相槌をうちながら、
知弘さんの電話を思い出していた。
『ご無沙汰しています。いまどちらから?』
『昨夜遅く帰国しました。近衛君、急ぎお会いしたいのですが』
『わかりました。どちらに伺いましょう』
『我々が接触した形跡を残したくありませんので、
お知らせする場所までおいで願えませんか』
このタイミングで電話がかかってきたのだから、珠貴に関する件であると思って
間違いない。
欧州が仕事の拠点である知弘さんがわざわざ帰国したということは、『SUDO』
内部に起こった事態は容易ではないのだろう。
私は用件も聞かず、知弘さんの指定した場所へと向かうことを約束した。
教えられた場所へタクシーを走らせる。
郊外の住宅地を抜け、山間に差し掛かると見晴らしのいい場所に一軒のレスト
ランがあった。
レストランに着いたら店の中へ入るよう知弘さんから告げられていた。
中に知弘さんが待っているのかと店内を見渡すが、それらしき人物は見当たら
ず思案に暮れていると、お待ち合わせですかと店主が聞いてきて、そうである
と返答すると、近衛さまですか、と聞き取れないほどの声で
問いかけがあり、黙ってうなづく私に折りたたんだメモがすばやく手渡された。
急ぎ開き見て中を確認したのちポケットにメモを押し込み 「ありがとう」 と
だけ店主に伝え、入ってきたドアからでて駐車場へ体を向けた。
パッと一回だけヘッドライトが点灯された車に向かって迷わず足を進めた。
「お待たせしました」
「こちらこそ、このような手間をおかけして申し訳ありません。
では行きましょうか」
車の中に待っていたのは知弘さんと運転手で、私を後部座席に乗せるとすぐに
車を発進させた。
あの……とすぐに話を切り出そうとする私の声を 「着いてから話しましょう」
と知弘さんが穏やかにさえぎる。
「一年ぶりの帰国ですが、東京の街はこんなにも変わるんですね。
建設途中のビルの多さに驚きます。
景気の回復は順調ということでしょうか」
「底を打ったと政府の見解もありましたから、
景気は回復傾向にあるのでしょうが、まだまだ緩やかな曲線ですね」
「手堅い企業など特にそうでしょう。
我々は円高に恩恵を受けている立場ですから、
今のうちに稼がせてもらわなければ」
「それは羨ましい」
信用のおける運転手なのだろうが、そんな人物にさえ用心をする知弘さんは、屋
敷につき出迎えた使用人が部屋を立ち去るまで 現在の日本経済について、私
と意見交換をしているといった姿勢を崩さなかった。