ボレロ - 第二楽章 -
それぞれに言い分はあるが、社長の退任を促す点では常務側も専務側も意見
の一致をみた。
緊急の取締役会の招集のため、それで今日の我々の会合に社長の出席が見合
わされたのかと合点がいった。
「もしかして、珠貴は緊急の会議を知らされていなかったのでは?」
「そのようです。さきざき珠貴が跡をつぐとはいえ、
いまはまだなんの権限も与えられていません。
それも知らされなかった理由でしょうが、
なにより余計な心配をさせたくないと兄は思ったのでしょう」
長男である須藤社長と末子の知弘さんは、かなり歳が離れているらしいが、兄
弟の仲で一番仲が良いのだと珠貴から聞いていた。
それは話し振りからもわかることで、会社組織の一員というより兄弟として須藤
社長を心配しているのが読み取れる。
「それで、会議は決裂ですか」
「社長交代の件は保留となりました。ですが、
社長は腑に落ちないものを感じたらしく」
「腑に落ちないとは、どういうことですか」
以前のクレームの一件と同じことがまた繰り返されるとしたら、珠貴の父である
須藤社長は退任となり、次期社長は、現在社長代理も務める次男の常務へ引き
継がれることになる。
表向きは珠貴が後継者だが、彼女が引き継ぐにはまだ準備が足りていない。
常務の社長就任は内々に決まってはいるが、それは珠貴が跡をつぐまでの中
継ぎであって、もし珠貴に何かあれば常務がそのまま社長を引き継ぐことに
なる。
ところが、クレームの原因となった問題の商品は子会社の製品で、子会社の社
長は本社の常務であることから常務にも責任が発生するとなれば、社長を引き
継ぐのは専務に移行する。
「常務にも専務にも、社長の座を狙う動機があるということです。
常務は私にとって兄です。専務は姉の婿ですから義兄にあたるのですが、
自分の地位を手に入れるためにクレーム問題を作り上げたとも考えられるし、
そうでないかもしれない。
残念ながら、私も社長も二人を信用できない状況でして」
「まさか身内でそんなことが起こるなんて」
「社長は、そのまさかを懸念し警戒しているようです」
知弘さんの話を聞きながら、私にも珠貴をとりまく渦が見えてきた。
要するに、現時点で珠貴の存在が常務や専務の社長就任の妨げになっている
のだ。
そういえば、漆原カメラマンがこんなことを言っていた。
”社長がその地位を譲るとなれば、お家騒動が起こるだろうってのは容易に想像
がつくことですから。
なにしろ同族会社だ。常務だの専務だのって身内が跡を狙う中、サクライがどこ
まで健闘するか見ものだったが……”
珠貴を脅かす図式が見えてきて身震いがした。
同族会社だからこそ、兄弟間の確執が浮き彫りにされ、他人より始末が悪いの
かもしれない。
力のあるものが這い上がってくるのは当然だが、邪魔者を消しさり力を誇示する
など許せないことだ。