ボレロ - 第二楽章 -
家に戻るとお袋がホッとした顔を見せた。
彼の訪問の意図がわからず対応に困っていたのだろう。
真田大地はソファにかしこまって座っていたが、私たちの姿を見ると飛び上が
るように立ちあがり頭を下げた。
「突然お伺いしてすみません」
「久しぶりだね。元気だった?」
「元気です。宗一郎さんテレビで見ましたよ」
「ご家族のみなさまはお元気かしら。大地さん、お父さまの会社に?」
意気込んできた彼を落ち着かせるための世間話は効果的だったようで、お袋の
質問に答えるうちに固い表情がほぐれてきた。
父親の事業を兄とともに手伝い、肩書きだけは取締役ですと、昔のやんちゃな
顔が照れていた。
西日本を中心に業務を拡大しているのは知っていたが、私が知るより遥かに
手広く事業を行っている
ようで、全国を飛び回っていますと頼もしい話だった。
幼い頃、同じような歳の子を引き連れて遊びまわっていたリーダーシップは、
良い方向へと向いているらしい。
『吉祥』 は、時間的にゆっくりできる夏に利用しているそうで、最近会わな
くなった理由も知らされた。
「よくいじめられたわね。大地さん、ほんっと悪さばっかりしてたでしょう」
「うわぁ、それ言われると返す言葉がないんだよなぁ。
だけど静夏ちゃんもかなりのものだったでしょう」
「かなりってなによ」
「俺たちに食ってかかって、負けてなかったからね」
「いまでも変わってないよ」
「ひどい、なにそれ」
「宗一郎さんは怖かったよ。俺たちがいたずらしてると、
こらぁ、なにやってんだ! って
本気で怒鳴るんだから、怖いのなんのって」
幼い頃の思い出話がはずんでいたが、頃合を見計らったように咳払いをすると、
大地はいずまいを正して言葉を改めた。
「葵ちゃんが怪我したことがあったでしょう。傷とか残ってませんか」
「えっ、えぇ……そんなに残ってないけど」
「残ったんだ……その傷、俺のせいです。すみませんでした」
深々と頭を下げ謝り続ける大地をなだめ、とにかく事情を話してみろと促すと、
とつとつと話をはじめた。
「本当のことを言おうと思って、毎年会うたびに言葉を用意してたのに、
どうしても言えなくて。
それから吉祥でも会わなくなって、俺の中でもうやむやになって……
去年の夏、葵ちゃんに会って、忘れてたことを全部思い出したら、
いても立ってもいられなくて、親父にすべて話しました。
今ごろになって言い出すとはなんてヤツだ、バカ野郎って怒鳴られました。
葵ちゃんの怪我は、あのとき 『吉祥』 にいた人はみんな知ってますから、
親父もよく覚えてて。
八木沢先生には俺から謝っておく、お前は葵ちゃんに謝れって……
親父に怒鳴られたの久しぶりで堪えました」
地元企業の会に八木沢代議士も出席しており、そこで彼女に会った。
懐かしく話をしながらも、心の奥に引っかかったトゲが抜けることはなく、
それからずっと思い悩んでいたと、大地は拳を握り締めながら語った。
真田大地は遠慮する八木沢葵を誘って一緒に帰っていった。
お袋の 「宗さんのお話はまだ終わってないのよ」 の声を背中に聞きな
がら、 「また来るよ」 とだけ言い残し、帰る彼らに便乗して家を逃げ出
した。