ボレロ - 第二楽章 -


「八木沢先生は、君に跡を継がせるつもり?」


「父は何も言いません。でも、みなさんがそうおっしゃるから……」


「みなさんというのは後援会の?」


「後援会の幹部は父の病状を知っていますから、

早く手を打った方がいいと言われました。

私もそのつもりで覚悟しています」



政治家は世襲ではないが、実際は親子で、あるいは身内で継承する家が多い。

地元に密接に関わっている現状があるからで、現職が突然の引退の場合、直系

が担ぎ出される場合がほとんどだ。

現在の仕事を辞しての出馬となるため、引き継ぐ者の負担は相当なものだが、

後援会を含めた周囲は、それを八木沢葵に託そうとしているのだろう。

 

「地元後援会の意向はわからないが、もしも八木沢先生が君に跡を託すつもり

でいるなら、俺は君の婿候補から外れるな」


「どういうことですか」


「君の夫には、もっと政治的に有利な人物を選ぶだろうね。

もしも、葵ちゃんが出馬することになっても、俺が近衛を背負っている限り

君の応援はできない。

俺が婿養子になって立候補するならそれもあるだろうが、

可能性としてはゼロに近い」


「そうですね……でも、父も母も、宗一郎さんならと言ってくれました。

今朝も機嫌よく送り出してくれて」


「なるほどね……あのお袋のことだ、葵ちゃんを今日招くことは

君のご両親にも了解済みか。 

それならなおさらだ、ここへ来ることを承知したということは、

葵ちゃんを後継者と考えてはいないからだ。

去年、近衛の家に話縁談を持ち込んだのは、娘の将来に不安がないようにと

考えたからだろう。

俺のように、葵ちゃんを小さい頃からよく知っている相手なら安心だろう? 

君の気持ちを確かめたのも、父親として娘を案じたからだと思うよ」


「……そんなこと考えてもみなかった」


「君を立候補させてたいのか、そうでないのか、

お父さんに直接聞いて確かめるといい。

あせって、俺なんかに迫ってもいいことないよ」


「わぁ、恥ずかしい。忘れてください。須藤さんにも申し訳ないわ」



顔を覆って赤ら顔を隠す姿が可愛くて、この子に似合う相手がどこかにいるの

かと思うと、無性に腹立たしくなってきた。

それは異性に対するものではなく、父親や兄に近い感情だった。


静夏の声が近づいてきた。

散々探したようで、呼びかける声に怒りが混ざっている。



「こんなところにいたの、携帯くらい持って出てよ」


「あっ、わるい」


「急いで戻って。葵さんにお客様なの」


「私に?」


「真田さん、覚えてる? 『吉祥』 でいつもご一緒していた」


「真田の誰だ」


「大地さんよ、ちょっと乱暴な子がいたでしょう」


「あの大地か、やんちゃなヤツだったな。でも、どうして葵ちゃんを?」



当の本人も当惑した様子でわからないと首を振っている。

来客である人を訪ねてくるとはどういうことか、三人で顔を見合わせるが、

その理由に心当たりはなかった。




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