さよならの魔法
酷い言葉を投げ付けられれば、傷付く。
云われもないことで言い寄られれば、困惑だってする。
泣きたくないと思うのは、せめての抵抗から。
何も言い返せない、弱虫な私が出来る、唯一のことだから。
沸き上がる怒りと。
それ以上に、渦巻く悲しみと。
荒ぶる感情のぶつかり合いに揺さぶられる。
泣きたくない。
絶対にこの人の前でだけは、泣きたくない。
その意思に反して、涙が込み上げてくる。
熱くて、だけどどこか虚しいだけの液体がせり上がる。
涙が滲み出そうになった、その瞬間だった。
「あ、あの………!」
躊躇った声が、背後から聞こえる。
その声には、聞き覚えがあった。
夏休みのあの日。
とても暑かった夏の日に、私に声をかけてくれた人。
ワンピースを着ていたあの子と、同じ声。
(まさか………。)
この声は、まさか。
まさか。
一種の確信めいたものを感じて、振り返る。
取り囲む女の子達の向こう側に見えた、シルエット。
私よりも、少しだけ大きな背。
動きとともにわずかに揺れる、夏物のセーラー服の白い襟。
クルクルと自然に巻かれた髪を隠す様に、きつく編み込まれた長い髪。
そこに立っていたのは、橋野さん。
あの日、1人ぼっちで本を読む私に声をかけてくれた人。
夏休みの間、毎日の様に図書館で会っていた、あの子だった。
橋野さんの登場に、教室内の空気が変わる。
元からいじめというだけで視線を集めてしまっているのに、橋野さんという存在が、更に視線を集める要因となってしまう。
このいじめに関わろうとしている橋野さんが、珍しいのだろう。
誰だって、面倒なことには巻き込まれたくない。
それがいじめの現場なら、尚更だ。
だから、今まで、私を助けようとしてくれる人はいなかった。
同情はしても、声をかけようとしてくれる人すらいなかったのだ。