さよならの魔法



世の中は、上手くいかないことだらけだ。

どんなに想っていても、恋も叶わない。


紺野くんの隣には、紺野くんの大切な人。

増渕さんがいる。



叶わない恋ほど、つらいものはない。


話しかけたくても、話しかける勇気もなくて。

偶然を装って、話せる機会もない。



見ているだけだ。


自分の恋が散っていく様を。

大好きな人が、自分ではない人と幸せになる過程を。


私は遠くから、見つめることしか出来ない。



それでもこの現状に耐えられているのは、仲間がいるから。


私の手を取ってくれる人がいる。

こんな私なんかに声をかけてくれる、友達がいるから。



残酷ないじめから救ってくれたのも、彼女。

叶わない初恋を忘れさせてくれるのも、彼女。


私にとって、唯一の存在。

それだけで、私は随分と救われている気がする。




季節は冬。

冬の終わりも近付く、2月の中旬。


2月13日。

そう、今日はバレンタインの前日。


バレンタインというイベントを前にして、私は橋野さんの家にいた。









カチャカチャと、隣からは小気味のいい音がする。

リズムを刻む様に響く物音。


私の隣で、橋野さんが慣れた手付きで動かしているのは泡立て器。



みるみるうちに、生クリームが膨らんでいく。

始めはサラッとした白い液体でしかなかったのに、不思議だ。


橋野さんが手を動かせば動かすほど、空気を含んで盛り上がっていく白い泡。



空に浮かんでいる雲みたいだ。


甘くて、フワフワした白い雲。

この手で触れる、偽物の甘い雲。



目が合えば、橋野さんは笑ってくれる。

図書館で会った時の様に、私に笑いかけてくれる。


笑顔で泡立て器を動かす彼女に、私は思わず謝っていた。



「ご、ごめんね………橋野さん。」

「………?どうして謝ってるの?」

「いきなり、キッチンを使わせて欲しい………なんて、ワガママ言ったりして。」



< 126 / 499 >

この作品をシェア

pagetop