さよならの魔法



橋野さんには感謝してる。


迷惑ばかり、かけてしまって。

キッチンも貸してもらって、作り方まで教えてもらって。


何度ありがとうと伝えても、伝えきれない。



ありがとう。

ごめんなさい。


今はまだ、何も言えないけど。



全てが終わったら、橋野さんには話そう。

橋野さんにだけは伝えよう。


つまらないかもしれない。

飽きてしまうかもしれない。



聞いてくれるかな?


私の初めての恋の話。

小さな小さな、この恋の話を。




「きっと、大切な誰かにあげるのね。」


橋野さんが目を細めて、そう言う。



「うん、とっても………とっても大切な人。」


明日は笑えないかもしれないから、今のうちに笑っておこう。

今だけは、笑顔でいよう。


そう思って、笑った。









完成した、ハートの形のチョコレート。

小さな粒のチョコレート。


一目惚れした青い箱に詰めて、同系色のリボンで結ぶ。



橋野さんが作ったのは、カップケーキだった。



(そういえば、橋野さんは誰にあげるんだろう………。)


隣に並んで作っていたけれど、誰にあげるかまでは聞いていなかった。


お菓子屋さんで売っていそうなほど、完璧に作られたケーキ。

手のひらサイズの、可愛らしいカップケーキ。



誰の為に、そのケーキを作っていたのだろう。


橋野さんは、好きな人がいるのだろうか。

私みたいに好きな人がいて、その好きな人の為に作っていたのだろうか。



橋野さんとは、そういう類いの話をしたことがない。

さっき、橋野さんに聞かれたのが初めてだった。


聞いたことがないからこそ、気になる。



だけど、聞けなかった。


聞かれたくないのかもしれない。

叶わない恋をしているのかもしれない。


私と同じく。

何となく、そう思ったから。









明日はバレンタイン。


私にとって、運命の日。

恋を終わらせる為だけにある、悲しい1日。



綺麗にラッピングした箱を枕元に置いて、私は眠る。

明日のことを考えて、緊張しながら。


明日起こる、残酷な出来事も知らずに。



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