さよならの魔法
ドキン。
自然と、鼓動が速くなる。
胸が焦がされたかの様に熱い。
今日なんだ。
今日しかないんだ。
今日はバレンタインデー。
好きな人に、気持ちを伝える日。
叶わなくても、想いを伝えることが出来る日。
チョコレートを渡せるのは、今日だけ。
今日という日を逃したら、私はきっと何も出来なくなる。
何も言えなくなる。
諦められなくなって。
忘れるきっかけさえ、失って。
叶わない想いに苦しめられる。
今までみたいに見つめることしか出来なくて、でも忘れることも出来なくて。
嫌だ。
そんなの、嫌。
私、後悔する。
絶対後悔する。
想いを伝えられなかったこと。
チョコレートを渡せなかったこと。
自分の恋に、さよならを言えなかったこと。
後悔なんか、したくない。
紺野くんを好きになったことも。
初めての恋も。
叶わなくて、いつも見つめていたことも。
私にとっては、宝物なのだ。
後悔したくないと、決めたから。
バッグの奥に沈んだチョコレートの入った箱に手を伸ばし、席から立ち上がる。
その時だった。
「天宮さーん!」
甲高い声。
わざとらしいくらいに作られた声に、私はビクリと肩を震わせる。
この声に反応してしまうのは、もう習性なのだろうか。
体に染み付いてしまった習慣なのだろうか。
(どうして、こんな時に限って………この人が来るの?)
普段だったら、ここまで焦らない。
イライラもしない。
ただ、憂鬱な気分に陥るだけだ。
ああ、またか。
またからかいに来たのか。
そう、思うだけ。
今日だけは来て欲しかった。
今だけは、見逃して欲しかった。
今日しかないのに。
今日で最後にすると、決めているのに。
顔なんて見なくても分かる。
振り返らなくても、分かってしまう。
ゆっくり振り返ると、そこには予想通りの人物が立っていた。