さよならの魔法
「悪い。寝坊しちゃって………。」
出てきた言葉は、それだけだった。
また、1つ嘘をついてしまった。
俺は茜に、嘘をついた。
本当は、寝坊なんてしていない。
学校に行くのに余裕がある時間には目が覚めていたし、準備も出来ていた。
ここに遅く来たのは、茜の顔を見ることがつらいから。
茜を直視出来なくなることが、分かっていたからだ。
茜は、真っ直ぐ俺を見る。
俺のことだけを見てくれる。
それなのに、俺は応えてあげられない。
茜の目を見られない。
茜と一緒にいればいるほど、嘘が増えていく。
キーンコーン、カーンコーン。
ああ、助けだ。
窮地に陥る俺を助けるかの如く、ホームルームの始まりを告げる鐘が鳴る。
この鐘の音が鳴りさえすれば、茜は席に戻らざる得ない。
今はまだ佐藤先生の姿はないけれど、きっとすぐにやってくる。
見つかって、怒られるのは席に着いていない人間だから。
ろくに会話もしないまま、茜と離れて席についた。
一言二言、言葉を交わしただけ。
こんな短い時間では、さすがに茜もチョコレートを渡すことは出来ないだろう。
今はいい。
茜との接触を、上手く回避出来た。
しかし、その時は必ずやってくる。
茜から、チョコレートを渡される時。
気持ちの入った、贈り物を渡される時。
その時が、別れの時になる。
短い付き合いに幕を引く時になる。
可愛らしい仕草で、頬を染めて、茜はチョコレートを渡してくるだろう。
照れながら、全身で想いを伝えてくれるのだろう。
俺はその時を、内心ビクビクと怯えながら待つことになった。
何度となく、チャイムが鳴る。
授業の終わりを知らせる、チャイム。
休み時間の終わりと、授業の開始を告げるチャイム。
昼休みの始まりを教えてくれる、チャイム。
チャイムが鳴る度に、駆け寄る人影。
わずかな足音ともに、かけられる声。