さよならの魔法



(え?)


何で、俺?

俺の名前を呼ぶんだ?


磯崎の口から飛び出したのは、間違いなく俺の名前で。

その証拠に、俺に教室内の視線が集中している。



放課後の教室。

部活に行く直前の生徒もまだいるせいか、その数は多い。


予想だにしないことを、磯崎は言う。



「天宮さんがねー、紺野くんにチョコレート、渡すみたいだよ!!」


凍る。

空気が凍り付く。


瞬時に凍って、固まって。

時間までもが止まる。



切り取られたみたいに、空間が切り離されていく感覚。


俺と天宮。

俺の立つ空間と天宮が立つ空間だけが、この教室から切り離されていく。


錯覚に過ぎないことは分かっていても、そう感じずにはいられなかった。




(天宮が、チョコレートを渡す?)


俺に?

あの天宮が、チョコレートを渡すというのか。


嘘だろ。

冗談だろ。



あの箱の中身は、見当がついていた。


今日はバレンタインデー。

1年に1度の、気持ちを伝える日。

愛を告白する日。



誰かの為に、チョコレートを作ってきたのだろう。

天宮も、想う人の為に世界で1つだけのチョコレートを用意していたのだろうと。


でも、まさか、そのチョコレートを渡す相手が俺だなんて。

この俺だなんて。


考えもしなかった。



だって、彼女は、1年生の時から同じクラスで。

でも、話をしたことなんて、数えるほどしかない。


親しいとは、とても言えない間柄。



共通の友人もいない。

同じグループになったこともない。

隣の席にすら、なったこともない。


ただのクラスメイト。

ほんとに、ただのクラスメイトでしかないのだ。


同じクラスの名簿に並んでいる。

ただ、それだけ。



チョコレートを作ってきてくれたということは、そこに何らかの感情があるということだけは確かで。

何の感情もないならば、きっとわざわざチョコレートを作ってきたりしない。


ただのクラスメイトというだけならば、きっと。



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