さよならの魔法



人を想う。

誰かを想う。


その気持ちは、とても綺麗なもの。

すごくいいことのはずだ。



勇気もない。

大して、格好いいという訳でもない。


明るいだけが取り柄の俺を、好いてくれる人がいるのだ。


悪いことじゃない。

素直に嬉しく思う。



でも。



止まった時間が動き始める。

凍った時間が融け始める。


流れゆく時は止められないもの。



時は動き出す。

残酷な音を刻み込みながら、動き出す。


心に、確かな傷を残して。




「ほらー、カードにも書いてあるよ?」


誇らしげに、天宮が書いたらしいカードを掲げる磯崎。

小さな磯崎に、翻弄され続ける天宮。


2年に進級してから、ずっと見続けてきた光景。



「あー、1年生の頃から好きだったんだって。純愛だねー!」


下品な笑い。

他人をバカにする為の笑い。


それは、この場にいる全員を不快な気分にするものでしかなかった。



その言葉が真実か。

それとも、偽りなのか。


それは、天宮と磯崎しか知らないこと。



カードの中身を知っているのは、書いた本人であるらしい天宮。

そして、そのカードを勝手に見ている磯崎だけなのだから。


確かなことは、磯崎の言葉が天宮の心を壊した。

あんなにも美しい絵を描く彼女の繊細な心を、踏みにじってしまったということだけ。




「いや………。」


よろめいて。

ふらついて。


ユラユラと、天宮の体が揺れる。



「いやあぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!」


初めて聞く、天宮の大きな声。

それは、穏やかな彼女の印象を覆すものだった。


悲しげに歪む顔。

苦しいと喘ぐ声。


悲痛な叫びだった。



涙が散る。

たくさんの涙の粒が砕けて、落ちていく。


木目の床に落ちた涙は、どこへ行くのだろう。

彼女の嘆きは、彼女の悲しみは、どこへ向かうのだろう。



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