さよならの魔法



しかし、涙が見えたのは、ほんの一瞬のことだった。



声をかける間もなく、天宮が去っていく。


俺の前から。

みんなの前から、走り去っていく。


教室に残ったのは、静けさだけ。

嵐が過ぎた後の、異様なほどの静寂だけだった。










(俺は、また………)


また、何も出来なかった。

何もすることが出来ずに、突っ立っていることしか出来なかった。


助けてあげたかったのに。

助けてあげるべきだったのに。



天宮の心を壊した張本人は、やけにはしゃいでいた。

他人の心を踏みにじっておいて、楽しそうに笑っていた。


そうは言っても、はしゃいでいるのは磯崎とその取り巻きの連中だけ。



静けさが支配していた空間に広がるのは、不愉快な笑い声。


教室にいる他のクラスメイト達は、みんながみんな、口を固く閉ざしている。

関わりたくない。

そう思っているのが、見え見えだ。


耳障りな高い笑い声が、冷や水をかけた様に熱くなっていた頬をサッと冷やしてくれていた。



「ぷっ、あははははっ………!」

「なーに、あれ。見たー?」

「最高なんだけど、あの顔!!」



最高?


天宮のあの顔を見て、そう思えるのか。

あの悲しみに満ちた顔を見て、苦しげに喘ぐ声を聞いて、そう感じたのか。



どの口から、そんな言葉が出てくるんだよ。

何を考えたら、そう思えるんだよ。


バカじゃないのか?

人を傷付けるしか、能がないのか?


1回でいいから、脳味噌をかち割って、中身を見てみたいよ。



最低だよ。

ほんと、最低。


人を傷付けることでしか、退屈な時間を潰せない。

そんなことにしか、楽しみを見出だせない。


プツンと、脳内で何かが切れた音がして。

切れた音が聞こえたと気が付いた時には、俺は既に磯崎の前に立っていた。



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