さよならの魔法



茜は、誰とでも簡単に打ち解けるタイプだ。


人懐っこい笑顔は、周りに人を呼び寄せる。

呼び寄せた人を惹き付けて、掴んだ心を離さない話術。


それが、茜にはある。



茜の男友達。

そういう存在は、俺だけではない。


言うならば、矢田だって、そう呼ばれる人間の1人なのだろう。

茜にとっては。



だが、茜は、矢田にはこんな風にくっ付いたりしない。

他の男にも笑いかけることはあっても、体を寄せるほど近付くことはない。


俺だけ。

俺だけだ。


自意識過剰と言われてしまえば、それまでの話になるけれど。



それに、それ以前の問題があるのだ。

俺と茜の間には。


そもそも、俺と茜は、いつ友達に戻ったのかということだ。



友達に戻る。

戻ろうと言われたことはあるけれど、それを承知した記憶は俺にはない。


頷いたことさえない。

それなのに、いつの間にか友達に戻っている事実。



別れてからしばらくは、会話も交わさなかった。


気まずくて。

視線を合わせることさえ、気が引けて。


そっと、視線を外すことが多かった。

視界の端にいることは分かっていても、あえて茜を見ようとはしなかった。



別れって、こういうものなんだ。

付き合っている女の子と離れるって、こういうことなんだ。


そう思っていた。



元に戻れないことは理解していた。

戻るつもりも、俺にはなかった。


それを覚悟して、別れることを決めたのだから。

簡単な気持ちで、茜との別れを決めた訳ではないから。



それなのに、蓋を開けてみたら違ったとはこういうことか。


春になって。

3年に進級して。


気が付いたら、こんな状態だ。

茜は昔と変わりなく、俺に話しかけてくる様になった。



友達でしょ?

別れたからって、縁が切れるんじゃないでしょ?


友達。

その言葉を巧みに使って、再び俺の隣にいる。



< 218 / 499 >

この作品をシェア

pagetop