さよならの魔法
(あー、絶対勘違いされてるよ………。)
見られているのは、気のせいじゃない。
みんなの視線が、矢の様に刺さる。
息がかかるほど近い距離で、茜が俺の名前を紡ぐ。
ユウキ、と。
校内を回るなら、俺と一緒がいいのだと。
あの頃と同じ様に。
去年の学校祭と、同じ様に。
茜の甘えた高い声音が、耳に響いた。
「店番なんか放っておいて、抜け出しちゃおうよ。」
そう言って、誘惑する。
「優美じゃなくて、私、ユウキと一緒に回りたいの………。」
口説き文句みたいに、甘い。
ドロドロに溶けたチョコレートみたいに、茜の言葉は糖度が高い。
茜の言葉を聞いた瞬間、俺の中は醒めた空気で満たされていく。
(抜け出す?)
そんなの、出来る訳ない。
現実的には可能かもしれないけれど、俺にはその選択肢はないのだ。
だって、見てみろよ。
周りのみんなは、忙しそうに動いてる。
最後の学校祭だからって、張り切って呼び込みをしてるヤツだって多い。
裏では手を赤くして、材料を切ってるヤツもいる。
熱気が籠もるプレートの前で、作ることにひたすら専念しているヤツもいる。
みんな、今日という日を盛り上げようとしてるんだ。
中学での大切な思い出になる1日を作り上げようとして、必死になって動いてる。
それなのに、俺だけが抜け出すなんて出来ない。
俺だけがその輪の中からはみ出すことなんて、出来る訳ないじゃないか。
真面目だって、そう言われても。
堅物だって、そう笑われても。
俺にはそんなこと、出来ない。
そんなこと、したくないんだ。
「周り、見てみろよ。」
「え?」
今日の為に、頑張っている人間がいるということ。
今日という日の為に動いている人間がいるということに、気が付いてくれ。
同じクラスの仲間なんだから。
同じクラスの一員なんだから。
一瞬だけ怯んだ表情を見せた茜から、更に離れる。