さよならの魔法



「無理だから。」

「………ユウキ。」

「空気読めって。みんな、働いてるんだぞ。」


そんなこと、出来ない。

したくない。


抜け出すなんて、無理だから。



そう言おうとしたけれど、その言葉は途中で遮られてしまった。





「紺野くーん!」


茜とは違う声が、俺のことを呼ぶ。

俺の背後から聞こえた声に、慌てて振り向いた。


そこにいたのは、クラスメイトの1人。

茜と同じ、真っ赤な法被を着た女の子。



高い位置でピンと2つに結んだ、長めのストレートの髪。

小さいけれどつぶらな両目が、真っ直ぐに俺の姿を捉えている。


茜と同じ法被を着た女の子。

その子の名前は、西脇 友実。


3年に進級してから、クラス委員に抜擢された女の子だ。



元から成績の良かった西脇は、先生からの評価もいい。

素行だって、模範生徒と言ってもいいほど、いいもの。


真面目で、だけど、話しやすくて。

そんな西脇は、佐藤先生に推薦される形でクラス委員になったのだ。



悪いヤツじゃないと思う。

何度も話したことがあるから、思うことだ。


茜とはまた違ったタイプの女の子だ。


笑顔で俺の背後に立つ西脇は、俺に青い法被を強引に押し付けた。



「紺野くん、何か………暇そうだよね?」

「え?いや、暇じゃないけど。」


濡れ衣だ。

言いがかりだ。


俺は至って真面目に、店番をやろうとしていた。

茜がそんな俺の隣に陣取って、誘惑しているだけで。



スカイブルー。

薄いブルーの空の下で咲く、西脇の爽やかな笑顔。


今だけは、西脇の笑顔が怖い。



西脇は笑っているのに、笑っていないんだ。

ひょうじょうだけで言えば笑っているのに、目は笑ってなんかいない。


スッと微笑みを引っ込めた西脇が、無表情で言う。



「仲がいいのは構わないんだけど、今は一応、店番のシフトに入ってるんだから…………さ。」



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