さよならの魔法



そうだとするならば、今を楽しみたい。

そうすべきだと思う。


中学3年の学校祭は、今日しかないんだ。

今日という日は、もう2度と訪れることはない。


同じ日なんて、1日だってないのだから。



楽しみたい。

その気持ちに水を差すのは、茜の存在。


廊下を歩く俺の隣を、当たり前の様に陣取る茜。



付き合っていたあの頃と、同じ様に。

まるで、何もかも忘れているかの様に。


あの悩みに悩んだ別れの言葉を口にした、寒いバレンタインの日のことさえも。


俺と腕を組もうとする茜を制して、俺は冷たく茜をあしらうことに徹した。




「なあ、茜。」

「ユウキ、なーに?」


俺に名前を呼ばれて嬉しそうに微笑む茜に、氷点下を記録しそうなほど醒めた視線を送る。



「俺、仕事したいんだけど。西脇にまた小言言われるの、もう嫌だし。」


西脇から渡された青い法被を羽織り、分かりやすく法被の袖を摘まんでアピールして見せる。


分かれ。

分かってくれ。


西脇に呼び止められるのも、こんな楽しい日に小言をくらうのも、もう懲り懲りだ。


しかし、どこまでも自由な茜には、俺のアピールは届かない。



「わー、ユウキって青が似合うね。格好いい!!」

「………。」


いや、そういうことじゃなくて。

褒められるのは嬉しいことだけど、俺が言いたいのはそういうことじゃない。


仕事したいんだって。

店番が出来ないなら、せめて与えられた任務くらいはこなしたいんだって。




やばい。

話が通じない。


どうしてなのだろう。


こんなところでも、俺と茜はすれ違っている。



好きだった。


茜の明るいところ。

素直に感情を表現出来るところ。


明るくて。

話しやすくて。



好きだったはずなのに、今ではどうしてそんな感情を抱いたのかさえ分からなくなる。


好きになりたいと思った理由さえ、見失っている。



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