さよならの魔法



今だって、嫌いではないんだ。

憎しみを抱くほど、茜のことを嫌っている訳ではない。


あの磯崎みたいに、根っからの悪い子ではないことを、俺は知っているから。



臆病なだけ。

クラスメイトの輪の中から外れることを嫌っているだけだ、茜は。


それが、俺とどう違うというのだろう。



1度は付き合うと、そう決めた女の子。

好きになりたいと、そう思った女の子。


でも、同じ時間を過ごせば過ごすほど、茜のことが分からなくなる。

見えなくなっていく。



皮肉だな。


近付きたくて付き合うことを了承したのに、付き合うほど距離はどんどん離れていくなんて。

あんなに近かった心が、今では手が届かないくらいに遠く感じる。



俺でも、はっきり感じているんだ。

茜が気付かないはずはない。


格好いいと言われたら、昔の俺なら単純だから喜んでいたことだろう。

舞い上がって。

飛び跳ねて。


だけど、今の俺には、そういった気持ちは一切ない。



こんな時に、よく考える。


人間関係の難しさを。

自分の感情を伝えることの難しさを。



(上手くいかないもんだな………。)


考えて、考えて、考え過ぎて。

考えることが煩わしくなってしまった俺の脳は、簡単に考えることを放棄してしまう。


もういいや。

難しく考えたって、仕方ない。


今、やるべきことをやる。

俺に出来ることをやるんだ。



そう決めた俺は、茜を振り払って周囲を見回した。




(お客さんになってくれそうな人は…………誰だ?)


お金を持っていて、気前よく買ってくれそうな人物。

そう思案して、最初に思い付いたのは先生という存在だった。


学生の俺達よりも、確実にお金を持っているはずだ。

それでいて、生徒の為ならばとパーッと使ってくれるだろう。


今日に限っては、だが。

今日ならば、先生の財布の紐も緩くなっているはず。



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