さよならの魔法



お母さんは、私をこの世へと送り出してくれた。

お腹を痛めて、私を産んでくれた。


そのことには、とても感謝している。



だけど、愛されているという実感がない。


お母さんは、私のことを見てくれていない。

私のことなんて、見ていないのだ。





生まれ育ったこの町を出て、東京へ行く。

この小さな町を捨て、離れる。


それは、私には都合のいいことだった。



誰も知らない場所へ行きたい。


私のことなんて、誰も知らない。

見たことないよって言う人ばかりの場所に、私は行きたい。


ずっと、そう思ってた。

願っていた。



磯崎さんがいない町がいい。


もう、あんな思いはしたくないから。

惨めな記憶ばかりに囚われるのは、嫌だから。



橋野さんがいない町へ行きたい。


信じていた人に裏切られるのは、とても切ないから。

会って、罵られるのは怖いから。



そして、紺野くんがいない町に行きたかった。


引っ越すならば、彼がいない場所が良かった。



初めて、好きになった人。

誰かに恋する気持ちを、私に与えてくれた人。


忘れられないから。

この町に留まったままでは、私はきっと紺野くんのことを忘れられないままだから。


だったら、諦めてしまえるくらいに、遠く離れた場所へ行きたかった。

簡単には戻ってこれない様な所へ、飛んでいきたかった。



疲れてしまったのだ。


叶わない想いを抱き続けることに。

忘れられないのに、諦められずに苦しむ自分に。


疲れちゃったんだよ。





お母さんには止められなかった。

私の傍にいてよ、とは言ってもらえなかった。


お母さんにとって、娘という存在はそれまでの存在でしかなかったのだろう。



別れて暮らすことなんて、考えられない。

傍にいて、成長を迷う見守っていきたい。


そう思ってもらえなかったのだ。



「勝手にしなさい。あなたが好きな方へ行けばいいのよ。」




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