さよならの魔法



結婚して何年も経てば、お互いの嫌な部分も許せなくなる。

好きで結婚したのではないから、愛情なんて元からないのだ。


小さな不満の積み重ねが、やがて大きな喧嘩の種となる。



愛のない結婚。

仲の悪い両親。


私は、そんな微妙な環境で育てられた子供だった。



入ろうか。

入るまいか。


迷っているうちに、目の前の襖が開く。



カタンとわずかな音を立てて、開いていく襖。

襖の先にいたのは、父親の方。


襖の先にいたお父さんは、驚いて目を丸くしている。



驚くのも無理はない。

寝ているとばかり思っていた娘が起きていて、目の前に立っているのだから。


お父さんは目を丸くして、次の瞬間には気まずそうに目を逸らす。

スッと目を逸らしたお父さんは、小さな声でこう呟いた。



「ハル、起きてたのか。」


私のことをハルと呼ぶのは、両親だけ。

血の繋がった、目の前にいる2人だけだ。


学校では全員から、天宮さんとしか呼ばれないから。



「………うん。」


短く返事をした私に、お父さんは申し訳なさそうにこう言った。



「すまない、ハル。」

「別にいいよ………。」

「ハルは、今日から学校なんだろう?」

「うん。」

「気を付けて行きなさい。」


それだけを言い終えたお父さんが、廊下の奥へと消えていく。


お父さんの後ろ姿を見つめながら、私は細い記憶の糸をゆっくりと手繰り寄せていた。





いつからだっけ。

お父さんが笑わなくなったのは。


いつからだっけ。

こんなに、荒れた家庭になってしまったのは。



明るかったお父さんは、よく私を遊びに連れ出してくれた。


山。

川。

夏休みには、海。


しかし、そこに母親の姿はなくて。



いつの間にか、遊びに行くことさえなくなってしまった。


お父さんから。

この家から、笑顔が消えてしまったのだ。



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