さよならの魔法



同級生が家族で旅行に行ったという話が聞こえれば、羨ましかった。


旅行に行くことが羨ましかったんじゃない。

家族で過ごす時間というものが、私は羨ましかったのだ。



他の人に当たり前にあって、私にはないもの。

他の家庭には当たり前にあって、うちには存在しないもの。


それは、きっと愛情。



利益や損得勘定だけで、誰かに情をかけるのではない。


お金なんてなくても、その人を愛する。

例えそれで自分の思い通りに事が進まなくなっても、それでも変わらないもの。


掛け値なしの愛情。

それが、うちにはないのだ。



ぼんやりと昔を思い出していた私に、災難が降りかかる。


母親のヒステリックな声が向けられたのは、父親ではなく私。

娘である私だ。



両親の喧嘩を見るのも初めてでなければ、母親に罵声を浴びせられるのもこれが初めてではない。


慣れっこだ、こんなことは。

慣れていても、嫌なことは嫌なのだけど。



身構えて、私は居間の中へと足を踏み入れた。





「あら、ハル。起きてたの?」

「うん………。」


最初は、普通の会話。

ここだけを聞けば、普通の親子だと思うだろう。


それだけで済むならば、私も楽で助かる。

しかし、それだけでは済まないのが、うちの母親なのだ。



「ハル、聞いてよ!また、あの人がね………。」


お母さんにとって、お父さんは愛する夫なんかじゃない。

それは、小さな頃から身に染みて分かっていた。


金を運んでくるだけの男。

自分は働きたくないから、代わりに働かせるだけの存在。


愛する家族ですらない。



いつもの様に、愚痴が始まった。


くだらないこと。

お母さんにとっては重要なことでも、私からしてみればくだらないことで怒っている様にしか思えない。


くだらない愚痴を、私は俯いて聞き流してる。



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