さよならの魔法
ああ、眠い。
もう少しだけ、眠っていたい。
それなのに、誰かの声は消えてくれない。
今度ははっきりと、甲高い声が私の鼓膜を震わせた。
「朝っぱらから、私を怒らせないで!」
ヒステリックな高い声。
その声に驚いて、布団の中から飛び起きる。
聞き覚えのある声。
この声を、私はよく知っている。
(夢じゃない………。)
これは、夢じゃない。
夢なんかじゃない。
現実だ。
着替えることも忘れて、 パジャマのままで部屋から飛び出す。
部屋を出て、廊下を真っ直ぐ進んだ先にある、玄関から1番近い部屋。
そこが、我が家の居間。
ヒステリックな声は、そこから聞こえてくる。
ヒステリックな声の主は、私の母親。
血の繋がった、私を産んだ実の母だ。
母親の声に混じって、低い声も時折聞こえる。
「いちいち、大きな声で騒ぐな。」
「何よ、あなたが悪いんでしょう!?」
「………、ハルが起きるだろ!」
低い声は、父親の声。
いつもは落ち着いているのに、今のお父さんの声はひどく荒れている。
激しくぶつかって。
憎しみ合って。
「また、喧嘩か………。」
溜め息しか出ない。
新学期早々、こんな場面に出くわすなんて。
両親の喧嘩を見るのは、これが初めてではない。
悲しいくらいに慣れてしまっている自分がいるのだ。
昔から、両親の仲は悪かった。
仲良く話をしているところなんて、もう何年も見ていない。
忘れてしまうほど、遠い昔の記憶の中だ。
親戚同士の見合いで、結婚した2人。
同い年の両親は、親がいとこ。
つまり、はとこにあたるらしい。
親戚同士の結婚。
見合いで、結婚を決める。
田舎町では、よくある話だ。
他の人みたいに、恋愛をして結婚した訳ではない。
お互いのことが好きで、結婚を決めたんじゃない。