さよならの魔法



ドクンッと飛び跳ねる心臓を他の人に悟られない様に、私は必死に表情を作る。

緊張が、顔にまで出てしまっている気がする。


周囲の異様な熱気と、それとは対照的に緊張で冷たくなっていくだけの私。



1歩。

また1歩、人の群れに近付く。


春の空は穏やかなのに、心は凪いでくれない。



去年と同じ場所。

昇降口のガラスの前に貼り出された、何枚かの紙。


クラス分けを発表する、私の運命を決める紙だ。



「んっ………、あ、ごめんなさい………。」


人にぶつかりながら、前を目指して進む。

人ごみを何とかすり抜けて、ようやくその場所に辿り着く。


背が大きくない私は、前の方に出ないと貼り出された紙が見えないのだ。



去年は3組。

今年は、何組になるのだろう。


大きな不安と、小さなときめき。

周囲の熱気に飲み込まれそうになる意識を、目の前に貼り出された白い紙に集中させる。



自分の名前は、すぐに見つけた。


紺野くんの名前も、その近くですぐに発見することが出来た。




2年1組 出席番号5番、紺野 有樹。

2年1組 出席番号19番、天宮 春奈。


同じクラスの名簿に記された、2人の名前。



確率は、3分の1。

約33パーセント。


高い確率なんかじゃなかった。



期待していなかったと言えば、嘘になる。


仲良くなれなくてもいい。

言葉を交わせなくても構わない。


ただ、同じ空気を吸っていたい。

それだけだった。


そんな小さな願いが叶った瞬間。



「やったぁ………。」


嬉しい。

嬉しい。


すごく嬉しい。


私が漏らした小さな呟きを聞いていた人は、どれくらいいるのだろうか。



大人しい天宮さん。

いつも隅で小さくなっているだけの、地味な女の子。


そんなイメージが崩される呟きを、誰に聞かれたって平気だった。



この喜びを表現したい。


言葉で。

体で。


私の全てで。



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