さよならの魔法
逸る気持ちを抑えきれず、俺は実家を飛び出した。
夕暮れの町を、駅の方向へと向かって歩いていく。
鮮やかなオレンジ色に染まった景色は、俺の胸を何故かギュッと締め付ける。
懐かしいからなのか。
それとも、この景色に胸を打たれたからなのか。
空を覆っていた雪雲は、どこかへ吹き飛んでしまっていた。
見慣れた風景。
この小さな町で生まれて、ここで育って。
高校を卒業するまでの18年間、ずっと見続けてきた風景。
2年近くの時を経ても、この町は変わらない。
この景色は変わらないでいてくれる。
まだランドセルを背負っていた頃、駆け抜けた道。
初めて袖を通す学ランにはしゃいで、出来たばかりの友達と一緒に歩いた道。
この町は、田んぼばっかりだ。
駅前の商店街は、シャッター街と化している。
駅のすぐ傍にある民宿だって、ボロボロで潰れかけ。
だけど、それでも、俺はここが好きだ。
田舎で何にもない場所だけれど、この町のことが大好きだ。
生まれ育ったこのちっぽけで小さな町のことを、愛しているんだよ。
懐かしくて。
変わらないでいてくれることが、何よりも嬉しくて。
帰ってくると、ホッとする。
息が詰まりそうな時、ここを思い出すと心が安らいでいくんだ。
ここよりも、今、住んでいる街の方がずっと便利ではあるのだろう。
コンビニだって、ある。
スーパーだって、24時間営業だ。
でも、俺は、この町が1番好きだ。
それだけは、これから先、どこへ引っ越したとしても変わらないだろう。
寂れた商店街を抜ければ、目的地が見える。
商店街の入口。
駅とは、目と鼻の先にある小さな居酒屋。
そこが、同窓会の会場だ。
まつしまと大きく書かれた暖簾をくぐって、店の中に入った。
「いらっしゃいませ!」
エプロンをした明るい中年の女性が、元気に声をかけてくれる。