さよならの魔法
「天宮、あのさ………」
俺の体が、宙を舞う。
フワリとした浮遊感が心地いい。
あー、めっちゃ緊張する。
成人式なんかよりも、今の方がずっと緊張している気がする。
心臓が、体の中で破裂してしまいそうだ。
たった一言、お礼を言うだけなのに。
ありがとうって、そう言うだけなのに。
その一言を切り出すのが、こんなにも難しいだなんて。
「………チョコレート、ありがとう。」
本当は、6年前に言いたかった。
あの日。
みんなの前で、磯崎の前で言いたかった。
もしも、あんな形で俺の手に届かなかったなら。
もしも、天宮本人の手で、あのチョコレートが手渡されていたのならば。
俺はきっと、その場で言えていたはずだ。
ありがとうと。
嬉しいよと。
当時の俺が自分の深層に隠れた気持ちに気が付いていなかったとしても、それだけは言える。
手のひらサイズのチョコレート。
天宮が、俺の為に作ったチョコレート。
そのチョコレートは、食べてみたら甘かった。
甘くて、ちょっぴり切ない味がした。
天宮の涙を思い出して、口に入れたせいか。
その時のことを思い浮かべつつ、感想を本人に伝える。
「美味しかったよ、すっごく!」
その時のことを思い出して言ってるだけなのに、恥ずかしさが自分の中でどんどん募っていく。
照れ隠しをしたいが為に、努めて明るく振る舞った。
今の俺は、あの頃の俺とは違う。
俺は、ちゃんと分かってる。
自覚してる。
自分が、誰のことを好きなのかを。
自分の心が、誰の方に向いているのかを。
気持ちを自覚してしまった今は、視線を合わせることすら照れてしまう。
天宮は、どう思うだろうか。
天宮からしてみれば、今更のことだよな。
6年前にあげたチョコレートのお礼を、こんな時間が経ってから聞かされたって、嬉しくも何ともないのかもしれない。