さよならの魔法



「んー、なーにー?」

「お客様よー!………あなたに。」


俺を呼びに来た母さんが、意味ありげにニヤニヤしてやがる。


何だよ。

何なんだよ。


悪気がないのは分かってるから、怒る気は起きないのだが。

その視線が何とも気持ち悪くて、俺は無言で立ち上がった。



「………。」


誰だろう。

俺に、客なんて。


矢田かな?

アイツ、結構寂しがり屋だし。

それくらいしか、パッと思い浮かばない。


だったら、どうして母さんは、あんな顔をするのだろう。



その答えは、すぐに出た。



玄関先にいたのは、若い女の子。


真っ赤なコートに、細身のスキニージーンズ。

肩に付くか、付かないかくらいの長さの髪。


思い詰めた様に潤む瞳が、俺の姿を捉える。



「………!」


ああ、体が鉛みたいに重くなっていく。

心と体が同化して、一緒に沈んでいく様な、そんな感覚。


錯覚だってことは、頭では分かっている。

しかし、俺の心と体は、その錯覚に囚われたままだ。



「茜………。」


どうして、家が分かったんだろうとは思わなかった。


だって、茜は俺の元カノだ。

短い期間ではあったものの、俺と付き合っていたのだ。


家に上げた記憶はないけれど、家の前でよく立ち話をしていたことは覚えている。



あの頃は、まだ2人とも中学生だった。

懐かしさを感じる、6年前の2人の姿。


学ランとセーラー服を着た、幼い2つの影。

付き合い始めたばかりの頃の、俺と茜だ。



家に上げなかったのは、照れ臭かったからだろう。

両親に彼女を紹介するということが、気恥ずかしかったのだ。


茜は、俺にとっては初めての彼女。

付き合い始めて間もない彼女を紹介しようだなんて、考えたこともなかった。



母さんと茜に面識がないのは、当たり前のことなのだ。


2人は初対面。

俺は母さんに茜を、茜に母さんを紹介したことがないのだから。



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